なつやすみ読書感想文 イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年(大久保 2012)を読んで


 こんにちは複素数です。先日25歳になりました。人生の夏休みも3年目が見えはじめ、人生が日々いっそう厳しさを増していると感じない日はありません。そこで新学期を迎えるために宿題を一つ提出することにしました。まずは読書感想文です。昔から読書感想文だけは得意でした。


1.本をえらんだりゆう

 まず題材に用いる本を選んだ理由を説明しましょう。正確に言えばこれは書籍ではなく論文ですが、内容的には簡潔で抑揚に富み娯楽文書としても十分楽しめるものでしたし、大学の論文アーカイブで誰でも閲覧できるという共有性の高さもあり選択に至りました。また「戦勝国が敗戦国に課す要求」というテーマは、第二次世界大戦によって米国の強い影響下で成立した日本国憲法体制の日本国では何をするにもついて回るものであり、現在も憲法という名の神学論争に多大な時間と労力が費やされる日本という国家にとって世俗権威や力の原理以上に重要な問題として存在しているものであります。加えて昨今の東アジアを騒がせる北朝鮮情勢についても、勝者敗者という分類こそ存在しないものの「永続服従か共存か」という最も基本的で重要な選択の存在を、戦間期ドイツの連合国との関係は思い出させてくれるのではないかと思い、ここに感想文を記述することを思いついた次第です。


イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年


 題字から分かる通り本稿はヴェルサイユ条約の具体的施行の方針について、ドイツの条約履行を監督する立場であるイギリスとフランスの条約とドイツに対する方針の違いがいかにして英仏対立を誘いヴェルサイユ条約を形骸化させたかを、一連の対立が最も激化した23年のルール占領までをイギリス側の動向に注視することで明らかにするものです。高校の授業を忘れてしまった人のために補足すると、ヴェルサイユ条約とは第一次世界大戦(1914~1918)の終戦条約であり、敗戦国ドイツに再武装の禁止や膨大な賠償金支払いなどを強いるものでした。この条約による戦後処理の失敗が20年後の国家社会主義ドイツ労働者党による独裁やドイツ再武装、そして再び欧州全土を巻き込む世界大戦を招いた一因であると現在では知られており、本稿も直接的に触れこそしませんが再来する悲劇を見据えた視点で「なぜヴェルサイユ条約が破綻したか」を論じているものであります。

 そもそも私はワイマール共和国史(戦間期ドイツ史)に興味があり、主に20年代末の共和制終焉前夜からナチ党が権力を完全に掌握するまでについて時折調べたり本を読んだりしていました。なぜ興味を持ったのかについてはここでは触れません。本稿が扱うルール占領は、未だドイツ帝国の残煙香る成立間もないワイマール共和国政府がゼネスト鎮圧のためにヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるルール地方にドイツ国防軍を一時派遣する許可を連合国に請い、フランスがそれを激しく拒絶することから始まります。この点、つまりワイマール共和国の選択に監督者としての連合国が登場するのは、私が今まで学んできたワイマール共和国末期の歴史ではあまり無いことです。ルール占領の12年後の1936年、ヒトラー率いるドイツはルール占領の主たる舞台であり、ヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるラインラント地方に国防軍を公然と派遣し、ドイツの主権回復と帝国復活を国内外に広く印象づけました(ラインラント進駐)が、その時連合国はこの意図的な条約違反に対し何か言うでもなく、実質的に黙認したのです。(各国の内的な事情からそうなってしまった事例もあるが)この反応の違いは36年にはなくて24年にはあったものの差であり、即ちそれこそがヴェルサイユ条約の実行力だったのです。そう気づいた時、私はがぜん条約をそのように形骸化させてしまった原因に興味が湧きました。



2.ようやく

 本稿を要約します。稿中は時系列に沿って事細かく出来事を語られていますが、実際は一年に満たない期間の話で特に政変などもないので主要な登場国についてその立場・主張・状況について引用と私の補足を交えて記述していきます。


 ドイツ:
 ・中央同盟国の頭領であり大戦最大の敗戦国で、ヴェルサイユ条約の定める賠償その他を履行する義務を負うことになった
 ・もとはヨーロッパ全域のドイツ系住民および旧二重帝国領土に影響力を持つ中欧の盟主
 ・終戦に至るきっかけは降伏ではなく国内で発生した革命(ドイツ革命)によりドイツ皇帝が追放され、連合国と停戦した後戦闘が再開しなかったため。仏英米軍(西部戦線)はドイツ国内に達しておらず、ドイツの国土は戦禍を免れているばかりか帝国陸軍はいつでも戦闘再開できる形で残存していた(軍は後に最大限存続する形で大幅縮小された)
 ・共和制に移行したワイマール共和国期も不安定な政権ながら内情はドイツ帝国時代の政治家・官僚・軍人が多く参画しており、第二次大戦を挟んだ第三帝国とドイツ連邦のような極端で完全な政体転換はなく連続性のあるものだった
 ・ヴェルサイユ条約は特に賠償について、大戦で疲弊した国内経済や国内(政権)の不安定さを理由に減額・支払い猶予をたびたび要求しフランスと対立することになる
 ・ワイマール憲法体制は共和制であり、例えヴェルサイユ条約に抵触する内容であってもドイツ国民が反感を抱くものであれば政府も抵抗姿勢を示さざるを得なかった。
 ・戦後の混乱を背景に国内で共産主義者が勢力を伸ばしており、これはヒトラーが政権を獲得し共和制が終了する33年まで深刻な問題として継続する


 フランス:
 ・連合国筆頭、西欧の大国にしてドイツとは長年ヨーロッパ覇権を争ってきた
 ・4年続いた西部戦線は最初を除いて殆どずっとフランスが戦場になっており、戦争に勝ちはしたものの国土は荒廃し多くの人的損失を出した
 ・実は50年前の普仏戦争でもプロイセン=ドイツ軍に大敗して国土を逆侵攻されており、安全保障上の明確な脅威であるドイツをこの機会に弱体化させ、ヴェルサイユ条約と連合国の名のもとに平和主義の民主国家に作り変えようと画策する
 ・上記理由に加えて大戦の戦費をイギリスやアメリカから借り受けており、国土が荒廃し各種産業がほぼ停止しているのもあって是が非でもドイツに賠償金を支払ってもらう必要があった
 ・それらの理由から強権的な手段を用いてもドイツにヴェルサイユ条約を履行させることを望み、ドイツがヴェルサイユ条約に反してルール地方のゼネスト鎮圧のために国防軍を派遣したことを口実に、連合国会議の開催国であるイギリスの意見を無視し、同じく大戦被害国であるベルギーを伴ってドイツ工業の要でありドイツの歳入の大部分を背負っていたルール地方を占領するという暴挙に出る


 イギリス:
 ・フランスとともに連合国を会戦当初から支えた連合国であり、陰りが見え始めたものの未だ世界の海を支配する大帝国である
 ・ヨーロッパであることは間違いないが欧州で唯一他国と海で隔てられた島国であり、戦後の立場を同じくするフランスや、ドイツやロシアとも異なる外交意思決定プロセスをもつ。具体的には仏独露ら大国が覇権膨張を志す積極政策をとるのに対し、英国本国の関心は対岸(ヨーロッパ大陸)の政治的安定だけであり、戦争を回避しつつ世界中の植民地を経営し貿易で蓄財する消極政策をとる
 ・上記の政策方針からドイツに対しても非常に融和的・リベラルな戦後展望をイメージしており、ヴェルサイユ条約の履行や、あるいは賠償金支払いについてもワイマール共和国の安定存続のためなら目をつぶるべきであるとの姿勢を内閣と議会は共有する


 アメリカ:
 ・大戦終結の功労者にして連合国の資金源。
 ・ウィルソン大統領はドイツの戦後処理の展望の大部分をイギリスと共有していたが、連合国各国の戦費を工面した(ウォール街への)手前、最大のネックである賠償金問題について猶予をつけるなどという事は言えなかった
 ・ドイツのヴェルサイユ条約履行を監視し判断する連合国の意思決定の場である連合国会議から途中脱退してしまうため、その後の英仏対立の構図には参加しない


 ロシア帝国/ソ連:
 ・第一次世界大戦の後半、1917年に発生したロシア革命によりロシア帝国が崩壊し、長い内戦を経て誕生した世界初の共産主義国家
 ・ルール占領の二年前まで内戦が続いており、24年はチェーカーによる粛清の嵐が吹き荒れている頃合いだが、この時点でソビエトは連合国にとって連合国の一員であったロシア帝国を打倒した敵対勢力であり、内戦が終結した今となってはシベリア出兵の時のように攻撃を加える事こそしないが国交はなく、当然連合国会議にも席は用意されていなかった。



 欧州戦線に参加した主要な国の内情を軽くまとめるとこんな感じかと思います。崩壊寸前の国家=ドイツ人の文明の立ち枯れ・共産化を防ぐために連合軍の要求に抵抗せざるを得ないドイツ、自国の将来存亡と経済のために条約に従いドイツ弱体化させなければいけないフランス、ドイツ=中欧の安定を第一に考えることで過激な手段を用いたがるフランスに不信感を抱くイギリス。もうこれだけでどんな悲劇がこれから起こるか容易に想像できますね。そして起こったのがフランス・ベルギーのルール占領事件であり、あとに残ったのはおなじ連合国であるイギリスとフランスの深刻な対立です。かくして、プロイセン的軍国主義を封じ込め欧州に平和をもたらすはずだったヴェルサイユ条約は執行者の不在から機能不全に陥り、最悪の状態で放任されたドイツは世界を再び炎に包むことになるのです。対立に至る詳細な時系列については本稿を参照してください。

 上記の各国概説を読む、あるいは本稿を読んだ方は「あのフランスというのは、なんて偏狭で独善的なやつなんだ。きっと次の大戦で全国を占領されたのは報いに違いない」といった感想を抱くかもしれません。私はそう感じました。大戦の戦禍によって余裕を失い、またいついかなる時も真っ先にドイツ軍の被害を被る地理的要因が彼らをそのような過激な行動に駆り立てていることを加味しても、フランスに対する一種の嫌悪じみた感情はなお私の心情内に残りました。じっさい、政権掌握前後のヒトラーは国民を前に演説する時はさかんにフランスを敵視する言葉を述べていましたし、群衆もそんなヒトラーを支持したのですから敗戦後のフランスがとったドイツに対する苛烈な姿勢をドイツ人は決して忘れてはいかなったのでしょう。
 しかしながら、それは第二次世界大戦後の世界を知っているからこそ感じられるものかもしれません。今が1922年だとした時、当然この先20年しないうちにドイツがまた戦争をするとか、ドイツを戦争に駆り立てた経済危機の根底にヴェルサイユ条約による賠償義務があったなんてことは想像もできないはずです。事実、欧州のまとめ役だったイギリスも、フランスさえもドイツがポーランドに侵攻するまで戦争など思いの外だったのですから。
 では20年代初頭のヨーロッパの指導者たちはどんな将来展望を抱いていたのかといえば、それはもちろん平和です。そしてその平和を体現するための装置こそが、軍国覇権主義ドイツを平和主義の民主国家に転身させるヴェルサイユ条約だったのです。本稿もこの「ヴェルサイユ条約のみが現状とりうる唯一にして最良の和平手段」という視点に立ち、その遂行への積極度という尺度で英仏を見ています。ヴェルサイユ条約の有効性が実際どうだったかは別にして、平和手段であった条約をドイツに遂行させる努力をしたかについて考えれば、フランスへの考え方もまた変わってくるでしょう。イギリスも同じく、視点が代わることで評価が変わってきます。第二次世界大戦後のアメリカを中心とした敗戦国処理を知り、あるいは体験し正義として拝んできた我々日本人にとってイギリスがイメージしていたドイツ帝国の戦後処理は、二次大戦の講和条約に近い性質をもつことから「正解」に近いものと感じられるかもしれません。実際アメリカが連合軍会議を脱退せず、フランスもすべての項目でイギリスに賛成していればあるいは第二次世界大戦は起きないか、ずっと先延ばしになっていたかもしれないです。しかしそれは未来からの視点であり、あくまで現時点で連合国が実行できる平和努力はヴェルサイユ条約だけで、イギリスがその遂行努力を自己都合で怠ったことは事実なのです。イギリスもフランスも、未来のヨーロッパというビジョンをそれぞれ持つと同時に自国の都合をそれぞれ抱えており、方向性の違いが遠心力を生み、どちらかの意見が通るのではなくあろうことが平行線を辿り、その果に満身創痍のドイツを野放しにしてしまったことこそが、この事件の顛末であり、その背景にはイギリスの楽観的かつ”非大陸的”視点が作用していたと本稿は語っています。

 といったところが本稿の要約ですが、私のような文盲が書き起こすと事実の羅列になってしまってあまり面白さが伝わらないですね。実際のところ、歴史的に重要な転換点について研究しているということ以上に、大戦をともに戦った連合国の双雄が平和になった途端にその意図を違えて両国関係に深い溝を築いてしまったという「皮肉な」事態を順に語っていることが本稿の面白さだと私は感じました。本稿に限った話ではありませんが、戦間期史は両大戦に挟まれたごく短い期間であることから「あらゆる事象の原因が第一次世界大戦にあり、結果が第二次世界大戦に繋がる」と言っていいほど戦争と関わりの深い平和の時代です。本稿も例外なく、文中で出てくる出来事・人物などはいずれもこの後に控える人類史上最大の戦禍に繋がるものであり、ただの会議や談話であっても異様な緊張感を放っており、それこそこのジャンルの魅力であり面白さだと私は信じて疑いません(悪い歴史マニアの視点)。



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技術検討備忘録 画面のシャープネスと黒


 皆さんには十中八九どうでもいいことでしょうが、個人的にすっごく悩んでいた事柄について、袋小路を脱したので今後同じ問題で悩むことがないように備忘録をいれておきます。


 漫画には画面の見栄え、シャープさという曖昧な指標があります。何をどれだけすればいくらシャープ、とかそういう定量的な評価は無いのですが、ぱっと見の感覚として「白と黒(ベタ)の比率が多ければ、あるいはそれだけで構成」されていればシャープであり、逆に「中間色の比率が多い」と画面がボケて見えるというものです。鳥山明や冨樫義博や久保帯人といった少年ジャンプ作家のように全くあるいはほとんどトーン(中間色)を使わず白と黒だけで画面を作っている作家の原稿はスッキリして、シャープに角が立っていて見やすいと感じたことはないでしょうか。つまり主にああいうのを言うのですが、その実現手段が黒ベタという塗りつぶしの技術です。陰、頭髪、黒っぽい部分を全部黒で塗りつぶしたり、ハッチングで疑似中間色表現(トーンも広義ではこれにあたるがここでは別物とする)するのと組み合わせて色を代替表現するのが黒ベタです。
 自分は今まで原稿を作るなかで、どうも自分の原稿は印象がボケているなという感覚を拭えずにいました。自分は線画がかなり濃いほうではありますが、トーン張り(というより色彩指定)が全くの素人であるのでバランスを欠いているきらいがありました。備忘録なのでこの記事でわざわざ参照画像を呼び出したりするつもりはないので気になる人はページ脇のURLから飛んでほしいんですが、たぶん濃いトーンを使いすぎているのだと思います。その代替として、上記の黒ベタを習得できないかとずっと考えて、かつ実際に試みていた訳です。特に人体毛髪の表現ですね。漫画ですから基本的にどのコマにも人が出てきて、人の顔が写ってる訳で、髪を真っ黒で表現できれば画面の黒比率ノルマの難易度が一気に下がる訳です。
 私は実際に黒ベタで上手に毛髪表現をしている作家や絵かきの画像を色々参照しましたが、これが難しいんです。特に髪束と髪束が前後で複雑に交差したり絡み合ったりするような立体感のある髪型(私はよく描く)は反射光を書き込んだりして立体感を出すことで形状を表現し切るのはなかなかできなかったです。実際黒も黒真っ黒で描いてる人は輪郭の技巧で立体感を表現することのほうが多く、輪郭より内側に入った形状については表現しない例が大半でした。つまり、この技術は表現をある種制約しているのです。もちろんさらに技術が高ければ表現できるんでしょう(いわゆるレベルで殴れ)が、それよりもまず初心に帰って本棚を参照することにしました。今まで自分が読んできた漫画たちについて細かく見てみましたが、髪を黒ベタ表現しているという条件について絞って見てみると、やってない人のほうが多いです。でありながら、画面のバランスという点では全く遜色ないのです。陰やハッチング表現、あるいは太い主線で黒を補ってバランスを補っているのでした。ようは自分が「画面のバランス=毛髪の黒ベタ表現」と自己暗示をして袋小路に入っていただけだったのでした。
 線画、そう線画です。自分は線画の主線がもともとかなり太いほうで(意識してやっています)、でもちょっとやりすぎかなぁということで最近細くしていたので、その段でハッとしたのでした。結局自分が昔意図した方向からアプローチしていくのが最短経路だったんだなぁ、と。つまり主線を厚くして、さらに陰影も線画の領分で描いてしまえばそのぶん黒い色の工程が無くなるというような事です。あと、シャーペンそのまま画になってる背景もペン画に戻したほうがいいかもしれないですね。

 この後(具体的には今手を付けてる原稿を区切りまで描いたら)一回自分の作業を離れて、プロの作った漫画の原稿をそのままそっくり手書きコピーする練習法をやってみるつもりです。誰にしようかな。伊藤悠先生か胃之上奇嘉郎先生が良いかなぁ。


という備忘録でした。

予科練平和記念館と特攻作戦/組織にはたらく生存本能

 書く書く詐欺で放ったらかしてた予科練平和記念館に行った旨の記事を書きます。ただし実際に行ってから一ヶ月弱が経過し頭からだいぶ抜けてるので、展示で思った事に加え近年見て頭に燻っていた事を映画などを事例に後半で論じていきたいと思います。


 題字どおり、予科練平和記念館に行ってきました。本来の目的は茨城県は美浦村に友達とナマズ料理を食べに行くことで、県道沿いの川魚料理の店でナマズやワカサギの天ぷらを食べました。


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(ナマズの天ぷら)
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(ワカサギの天ぷら)

最近何かと絶滅が危惧されている鰻様の代用食として一時期ナマズが期待されたことがあったそうですが(油っ気に乏しく身が締まりすぎているので鰻の代わりにはならなかった模様)、私が食しましたナマズは淡白にして身は柔らかく上品な味わいであり、これを何かの”代替”で食べるのはいかがなものかと思いました。むしろナマズの特性を活かして商品化すればいいのに、などと思ったりしました。




 本題の記念館は美浦村への道中に私が見つけたもので、湖畔を走る県道125号からも見える零式艦上戦闘機の実物大レプリカが通行車の目を引いていました。ナマズを食った後の予定も決まっておらず、解散するには早かった私達は特に考えもなく記念館に入る事にしました。

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(国道からもはっきり見える零式艦上戦闘機の模型)

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(近くで見るとその精工さが分かる)

私は過去に靖国神社の境内にある遊就館(事実上の戦争博物館)に行ったことがあり、そこにも零戦の実物大模型がありましたが、展示方法も違うのでインパクトの面から言えばこちらが勝っているなとの感想を懐きました。

 屋外展示はそれだけでなく、建物の反対側には特攻兵器として悪名高い人間魚雷「回天」の実物模型も設置されていました。
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(海に投げ入れる自走爆弾としては大きいが、人が乗るには小さい)
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(水密扉はとても小さく、私と友達は入れそうにありませんでした)


また、敷地は隣接する陸上自衛隊武器学校とも小道でつながっており、その先には陸上自衛隊が誇る機甲戦力が展示されているのが(かろうじて)見えました。行けばわかりますが柵でがっちり区切られています。近くで見たければ基地祭に行きましょうね~
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(戦車、回収車、架橋車など。奥にはM4戦車や旧軍車両の陰も見えた)
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戦車だー!(自走砲です)

 まぁ戦車や何かはオマケで、実際は武器学校敷地内にある特攻作戦従事者の資料館のための道です。ここでは主に特攻作戦に従事したり、作戦中に死亡した航空搭乗員の名簿や手記、生き残った搭乗員の証言や彼らの持ち物を展示していました。撮影禁止だったので写真はありませんが、彼やその遺族に送られた当時の賞状や勲章なども多数展示されており、命がけで国家に奉仕した軍人にたいして当時の日本政府や軍がどのような対応をしていたのか、その雰囲気をうかがい知ることが出来ます。床面積はちょっとした武道館ぐらいですが展示内容が濃く、文書資料主体なので1時間ぐらい居たような気がします。


 そして本題、予科練平和記念館です。
 これは記念館の中で説明されていることですが、歴史好きを自称する私も知らなかったので一応概説しておきますと、予科練というのは正式名を海軍飛行予科練習生と言い、海軍航空隊の教育過程である飛行練習生のさらに前段階として素養ある子供を早期から育成しようという枠組みであります。制度発足の経緯や生徒の身の上から照らせば、現代の専修学校や高等専門学校機構のようなものと言って差し支えないでしょう。私自身(あと同伴した友達も)高等専門学校の出身であり、予科練生たちが最終的にどうなったかを伝える記念館の話はどこか他人事ではない気持ちもありました。

 記念館内は撮影禁止であり、またこれを読んだ人の中であるいはこれから同記念館に行く人もいるかも分かりませんで、展示内容については概略に留めますが、個人的にはたいへん好印象でした。まず施設全体が新しく(平成22年開設だそうです)、また展示も単なる資料の羅列ではなく、予科練生の入隊・生活・訓練など段階に分けて映像や資料、当時の再現などを織り交ぜ退屈さを感じさせずないものでした。当時の雰囲気を理解し、彼らに心情を重ね、その上で事実を理解するという演出意図は巧みです。

 概略だけでもつまらないので実際のエピソードを一つ書きます。展示のなかに当時の予科練生の教室を再現したものがあり、そこにある生徒(14-2期生)の成績グラフが展示されていました。私どもはその成績表の正しい読み方が分からなかったのですが、どうも数字が0から10あるうちの0や1,2のあたりをウロウロしているので、これは落ちこぼれに違いない、当時もこんなやつが居たのだなぁと笑っておりました。また、その成績表は1年あるうちの四半期を少し過ぎたあたりでブッツリ途切れており、「ああ、こいつは落第したな!」など学生気分を思い出しておりました。後になって分かったことですが、14-2期というのは45年入隊の予科練最後の学年であり、成績グラフが途切れていたのはそれが終戦だったから、という事だったのです。
 なぜ14-2期生が最後だと知ったのかと言うと、14-2期生の生き残りの元予科練生が実際に登場したからです。名前は失念しましたがその方曰く、自分より先輩はみんな特攻に駆り出されて行ってしまったそうです(その人も終戦間際は浜辺で地雷をかついで戦車に体当たりする訓練をしていたそうで、広義の特攻に駆り出される予定になっていたと)。つまり14-1期より上はみんな何らかの形で出撃させられているという事です。さっきまで落第生に心情をダブらせて笑っていた自分は、背筋が凍る思いでした。

 ここで一つ私に勘違いがあり、かつ皆さんも同じように思っているかもしれないので書いておきます。特攻兵器といえば何を連想するでしょう。爆弾を背負った戦闘機、人間魚雷回天、ジェット戦闘機桜花など色々ありましょうが、予科練=飛行予科練習生の学校であるから特攻といえば飛行機に乗せられるんだろうと、少なくとも私はそう思っておりました。しかし実際はというと、海軍が開発したありとあらゆる特攻兵器に予科練生は乗せられていたそうです。それらはその大半は空を飛びません。
 上述の回天がまさにそうです。何で航空搭乗の訓練をやってきて潜水艦に乗らないかんのや!と私なら憤慨しそうですが、他にも機首に爆薬をつんだ木製モーターボートの震洋(元予科練生の方曰くボロ船)や、即席の欠陥潜水服と爆薬つき錫杖を持って海底で上陸艇を待つ伏竜などの任務も予科練生にあてがわれました。かくいう元予科練生の方も地雷持って玉砕させられる予定になっていた訳で、要するに何でも良かったんでしょう。
 記念館の展示コース後半は主に特攻作戦に従事した予科練生を悼むものであり、組織的に展開された特攻戦術の恐ろしさについて直接触れているものではありませんが、展示の端々には当時の兵器の模型などがあり、それらが当時の軍組織の狂気を今に残し放ち続けているように感じられました。

 展示コースの最後にはでっかい戦艦大和の模型が展示されています。これも後になって気付いたことですが、戦艦大和が最後に従事した作戦は通称沖縄特攻、大日本帝国海軍が誇る世界最大の決戦兵器もその最後は特攻で閉じたのでした。




追記では展示から感じたことについて少し書きます。

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湯殿山麓呪い村

みなさんお久しぶりです。また面白い映画を見つけたので鑑賞記録を書いておきます。
今回見た映画はこちら。

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「湯殿山麓呪い村」
Amazonビデオ


 ミステリー・サスペンス映画です。今ではミステリー・ドラマなんてお昼の2時間ドラマとしてダダ流しされるぐらいですが、この年代は、出版社のバックで小説原作のミステリー・サスペンス映画が多く制作されたいてようですね。金田一耕助シリーズは有名ですが、私は天河伝説殺人事件(映画)が好きです。
 まず本評に入る前に本作を視聴する経緯を一言説明させていただきたい。ずばり本作の公開年が84年だからです。前回記事で書きましたが、84年は映画の当たり年でありまして、かつ経済状況が隆盛を極めし頃なれば映画も大変にお金の掛かった、スケールの大きいものや作りの精細なものが多く作られていた時期であります。即ち、太平洋の東西で物質主義文化の最高峰が出現し、映画界の一つのピークともいえる時期に作られた映像のパワーを感じたかったのと、Amazonビデオでタダ見できたからです(ロストエイジ世代並の発想)。


追記から本評(部分的にネタバレ)

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デューン/砂漠の惑星


複素数ですこんにちはお久しぶりです。映画を見たので感想文を書きます。

見た映画は「デューン/砂の惑星」というアメリカのSF映画です。


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(面白そうでしょ?)
「デューン/砂漠の惑星」Amazonビデオ


 これググればすぐ出てくるっていうかWikipediaにすら公然と書かれているんですが、この映画評判が良くないそうです。実際通しで見た身としても実感として思う部分がありました。安いという理由で買って見ようと思った人はその辺を留意した上で決済してください。もちろん良い部分が無いという意味ではありませんが……
 結構長い映画で、後半は集中力が切れてしまったので感想のための要項をまとめたりしていましたので、それにそって記述します。


1.SF娯楽映画としてはハード過ぎる設定
 原作が戦後SFブームの落ち着いた頃に出た本格SF長編小説なのでこれは仕方ない部分もありますが、設定が結構重いです。遠い未来遥か彼方の銀河が舞台であり、その地域を統括する銀河帝国と皇帝、その皇帝をアゴで使うギルド同盟、スパイスと称する鉱物だか何だか分からない薬物を摂取することで遠く離れた星にトリップ(物理)する謎の空間航法、神通力に超能力など、ただの宇宙時代の未来ではない世界観です(この辺もスターウォーズ的なもの、としておくとしっくり来るんですが、原作はスターウォーズ公開より十数年古いです一応)。いけないのは、これらの設定を冒頭に説明(本当に説明ナレーションが入る)するんですがその仕方が投げやりなので正直「?」ってなります。僕なりました。救いは設定が全く頭に入らなくても物語の理解の妨げにならないことです。


2.描写が小説っぽい
 真似事ながらも創作を試みる一人の素人としては映画には映画の、小説には小説の記述形式があって、それぞれに適した話筋の進め方があると信じています。よく言われる「映像化不可能と言われた」なんてアオリは特撮やVFX技術ではどうしても表現できなかったシーンをCGを使って完全再現したんで褒めてよ!って意味として解釈されていますが、実際は映像化不可能のうち半分は小説と映画の「メディアとしての階層の違い」が極端すぎて忠実に映像に起こすことが難しい/出来ないという意味だと考えます。例えば小説で「人間の想像力が完全に及ばない異形の現象が目の前に出現した」と書けば読者は「そうなんだ~、何かすごいもやもやしたものなんだね」と、想像はできなくとも意味として理解できますが、これを言葉を用いないで情景説明する映像作品にする場合、製作者はおおいに悩むところです。人間の想像力が完全に及ばない異形という字義どおりにとれば人間である制作スタッフには絶対に映像化できない訳ですが、何も映さない訳にはいかない。そこで仕方なく、逃げかあるいは創意工夫として昔の抽象画や一般に知られていない自然現象のビジュアルなどから意匠を拝借して、とりあえず画面に映るものに仕上げるのです。あるいは別の例で言えば、主人公ほか登場人物が一言も発しないし、内面でもほとんど言葉を出さないが外的な現象や思考に呼応して感情が右往左往して、それだけで重要な見せ場になるシーンがあるとします。これも小説からカメラに映る情報だけ拾ったんでは、一言も発しない登場人物が動かないでいるだけになってしまいます。それでは視聴者に何も伝わらないので、カメラワークや照明や音楽を駆使して、カメラに映らない人物内面を描く努力をはらうわけです。ところが映像表現の力及ばず、カメラワークも照明も音楽を使っても何にも伝わらない時があります。そういう時は映画スタッフは仕方なく、話の筋に手を加えるのです。近頃は小説や漫画を映画にするのが流行っていますが、ファンが見るのはいかに原作と同じかだけで、こういったメディアの橋渡しの努力は改悪とされてしまいがちですが、こういった処置こそがメディアの次元を超えるための工夫であり方策だと私は考えます。。もちろん次元を超えるにあたってノイズが乗ったり変換に粗さが無いわけではないのですが、メディアの次元を超越するのがいかに難しく、次元を超える時に物語が失うもの/新しく獲得しなければならないものがいかに大きいか何となく伝わったかと思います。
 その上で本作ですが、劇中ちょっと違和感をおぼえるぐらい小説そのままっぽい部分があります。本作映画化の難産っぷりを考えれば制作陣が何かを怠ったとは思えませんが、84年の映画とは思えないほど映像のテンポが古臭い、あるいは実験的です。古臭いというのは何かちょっと映像の色合いが古ぼけているせいかもしれませんが、主人公の心の声を頻繁に引用させたり、下の項目で挙げる淡々とした語りは映像としての緩慢さを感じさせます。


3.ドラマはあってないようなもの
 本作は壮大な宇宙叙事詩のような語り口で進行します。劇中内の経過時間は1年ぐらいだし個々の人物目線で物語が進むんですが、これといって誰かに注視するでもなく、淡々と出来事が進むのでそう見えるのです。誰かに感情移入させるという意図も感じられません。この辺は制作を仕切っていたイタリア人プロデューサーの「ヨーロッパ的映画感覚」が出てしまったのかなぁと思ったりしています。良くも悪くも(良くはないか…)聖書や中世の英雄譚のような遠い世界からの視点で語ってしまい、主人公に威厳や壮大さを与える代償に娯楽性をゴッソリ持って行かれているという意味です。念押ししますが本作はアメリカ映画です。


4.舞台美術・特撮が最高に良い
 散々悪いところを書いたのでいい話もしましょう。この作品は物語や構成に目をつむって、映像として見ると最高の映画です。最初から最期までほぼ全部セット撮影ですが、どのセット背景も引くぐらい作りが丁寧かつ豪華で、安っぽさも偽物っぽさも感じられません。デザインも丁寧であり、星ごとに明確に建築物や調度品の意匠が使い分けられ、小物に至るまでいちいち作ってるのは感動に値します。若干年代が違いますが背景美術や代償の道具制作でいえばスターウォーズ(456)より優れています。特に良いのが途中で出て来る汗を吸ってくれる全身タイツ。古い救命胴衣みたいに空気の入った帯状のバルーンが表面に張り巡らされ、照りのない黒一色に塗られたそれはバットマンのスーツを連想しますが、筋肉のラインをそのまま強調するバットマンタイツと違って筋肉の凹凸を模式化し機械的で機能的なそのデザインはアメコミヒーローのダサタイツとは比較になりません。2010年代の映画にそのまま出てきそうなデザインで、かっこよすぎて若干浮いてる感があるほどです。デューンの原住民はほぼ全員これ着ていますから、少なくとも50着ぐらいは作ったんだと思いますが、これ来た男たちが一堂に会するシーンはすごい威圧感があるのでそのためだけに見てもいいかもしれないです。
 さらに劇中で頻繁に挟まれるジオラマを使った特撮も、なんじゃこれはというぐらい程度が高い。ミニチュア撮影といえば日本、みたいに言われますが本作のミニチュア撮影(とくに人物合成)は邦画のそれより気合入ってますし、円谷プロ作品より良いかもしれないぐらい良いです。ですからストーリー追わずにガジェットSFとして見ると本作はすげー良い映画です。すごい失礼な事言いましたが、実際見れば感動することでしょう。
 

5.以外なキャスト
 敵味方でそれぞれパトリック・スチュワート(新スタートレックのピカード役など)とブラッド・ドゥーリフ(エイリアン4の医師役など)が出てきます。パトリック・スチュワートはこの時まだ44歳ですが、既に後年と同じく頭頂部が禿げてあの顔が出来上がっています。驚きました。

以上がこの映画の直接の感想で、特に上の3つが世間での映画の低評価の理由の推測です。蛇足ですがもう一つ、気になったので追記させてもらいます

6.公開年
 この映画が公開された1984年は映画の当たり年でもありました。日本ではアニメは「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」「風の谷のナウシカ」「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」などの今でも名前の上がる名作が出ましたし、平成シリーズに連なるゴジラの新シリーズ第一作(いわゆる84年版)もこの年です。まぁ邦画は実際関係ないですが、洋画もすごいメンツが出揃っており「ダーティハリー4」「ライトスタッフ」「インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説」「グレムリン」「ゴーストバスターズ」など粒ぞろいです。さらに決定的なのが「スタートレックⅢ ミスター・スポックを探せ」でしょう。同じSFというだけでなく、この劇場版スタートレック第三作目は6作品あるシリーズの中で1,2を争うほど評価が高い作品であり、前作「カーンの逆襲」の直接の続編であることもあって大ヒットだったのです。映像の出来だけで見ればデューンもスタートレックⅢに負けないかもしれませんが、話の面白さや構成の巧みさは月とスッポンです。こんな映画に囲まれていたのでは劇場を埋め尽くすなんて夢も夢です。悪い映画ではないのに、この辺の運の悪さも評価と認知度の低さにつながっているのかもしれません。


以上、勧めてるのか貶してるのかわからない感想文でしたが記録としてここに残します。

プロフィール

複素数

Author:複素数
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新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
pixiv: http://www.pixiv.net/member.php?id=797664

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