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なぜアニメを見ることを躊躇するのか =終焉するという物語の本質と最終的な喪失=

なぜアニメを見ることを躊躇するのか =終焉するという物語の本質と最終的な喪失=



みなさん、アニメ見てますか?

 お久しぶりです。複素数です。実は私はアニメをあまり見ません。
これは何故か。自分でも正直よく分からなかったのですが、2017年に入って久しぶりにアニメを立て続けに完走してみて何となく状況が見えたので、整理もかねて文章を綴っていこうとおもいます。そういう事情ですので以下の文章は全く自省に関するもので、誰かに何かを訴えかける意図があるものではありません。似たような感覚を抱いているが理由は分からず、わだかまりを感じている人は軽く読んでみてもいいかもしれませんが、あくまで自分用です(このブログはもうずっとこういう使い方です)。


  <なぜ見ないのか>
 見ないというのは若干語弊があり、より正確に表現すると見れないのです。アニメは好きなので(学生時代までは夜更かしして超見てました)色々見たいなーという作品を見つけてくるんですが、見ようとすると心理的抵抗が生じ、視聴しなくなります。私はAmazonプライム会員なのでAmazonプライムビデオでいろんなアニメを好き放題見れるのですが、面白そうな作品を見つけてもあとで見るリストに投げ入れてそれっきり、1話を見ようと思っても最初の数分で「あーあーあー」と、いたたまれなくなりビュアーを閉じてしまったり。この際、面白いかどうかは関係ありません。「あーもう、これ絶対好き。絶対ハマる。あとで見よ(もう見ない)」みたいな事のほうが多いです(視聴前に雰囲気や概説で好みかどうか嗅ぎ分けているから好みじゃないアニメにぶち当たらない)。

 ところがこれには例外がありまして、既に見たことあるアニメにはこの抵抗感がないのであります。現に作業用動画(BGVというらしい)として手元にある攻殻機動隊や天保異聞妖奇士などな何十回と再生して見ています。イノセンスに至ってはこの5,6年で40回以上見ていますから、アニメそのものを見れないわけではありません。上でAmazonビデオの話が出ましたが、以前ガンダムシリーズが一斉に無料開放された時はZや∀などの4クール相当作品(どちらも以前に見た)はバンバン見ていました。バンダイだけにw

 ここまでの文章で判断するなら、「お前は新しい作品に手を出すのが億劫なだけだろう」という事になるでしょう。実際それは間違いではないのでしょうが、類似の事例を見ることでもう少し深く踏み込んでみましょう。


  <メディア特性の違い>
 映画を例にとりましょう。私は映画が好きで、上記のAmazonプライムビデオサービスに加入する前から週1,2本のペースで見ていました。加入してからは多い週で5本ぐらい見ていることもあります。えっ?映画は見れるの!?と疑問に思うでしょう。はじめて見る映画も普通に見れます(ただし同じ映画を聞き流しで何度も見ることもします。最近は2015年版日本のいちばん長い日を繰り返し見てます)。
ここでアニメと映画の違いを明確にしておきましょう。ここで言う映画はアニメ映画も含みますが、要するところ1話30分の回を数話~50の枠内で繰り返すのがアニメ(連続ドラマ)で、60~90分程度で完結する映像作品が映画です。
映画は90分なら90分で起承転結が全てついて完結するのに対して、例えば1クール13話アニメなら6時間半(本編はその半分程度)というふうに、そもそも映像の時間が全然違うわけですが、さらに踏み込んで考えてください。映画は一回で全部見ますが、アニメはどうでしょう?基本的に週一回で見るものです。私の場合完結済みのシリーズをネット配信で見る事が多いのでそれは必ずしも当てはまりませんが、リアルタイムで見る場合はこの制約を逃れることはできないのです。ではこの差が何の意味を持つのでしょうか。


  <時間尺度の差と精神への影響度合い>
 物語の基本は起承転結であります。何か起こって、それが終わるまでを描くのが物語です。この世の生まれし時から果てる時まで続くかのような長寿シリーズであっても、この大原則から逃れる事はできず、いつかは終焉を迎える運命にあります。この「初めから終わりまでの時間」が、例えば60分とかであった場合、人間という生き物の時間尺度からすれば、ほぼほぼ息つく暇程度のものであり、まばたきをしている間に終わったといえるようなものなのです。つまり何がいいたいかというと、常識的な映画の長さでは起承転結の過程に没入することはあっても、映像が絶えず流れる作中に視聴者自身の思考や感情を差し挟む余裕はなく、終始製作者の意図した感情を”受け続けながら”物語の終焉に至るのです。ところが、間に1週間のインターバルが挟まるアニメはどうでしょう。視聴者は物語をぶつ切りに(それも客引きを意図した気になりどころの境目で)され取り残されます。物語側から見れば30分の放送の後に6日と23.5時間のインターバルがあることになり、観客はその間否が応で物語について考えさせられます。この「考える」こそ物語への没入だと考えます。映画の演出家が言う没入など、所詮セリフを聞き主役を目で追いシーンごとに流れる音楽に応じて感動したり興奮したりしろってなもんですが、この6日と23.5時間のインターバルは違います。観客は観客の時間尺度(現実)で物語を考え、物語の延長の中にいながら現実で肉体を以て思考し行動するのです。ちょっとややこしいですね?

 男女関係で考えましょう。作品の放送上映時間をお互いに会える時間、お互いの感情を作品への没入と考えてください。アニメ(連続ドラマ)は1週間に1回、30分だけ会えるカップルです。彼らが会える時間は本当に僅かですが、来週も会えることは少なくとも確実なようです。彼らは会えない日もお互いのことを考えるでしょう。次会ったらどこで何をしよう、何を話そう、何て言ってあげよう…。残りの時間全てという訳ではないかもしれませんが、きっと二人は6日と23.5時間のうち何割かは相手の事を考えて過ごすはずです。実際に顔を突き合わせている時間は短くとも、彼らの間にあるものは、これは美しい愛でしょう。かたや映画ですが、これは対照的に愛と呼べるかどうかは怪しいものでしょう。なぜなら上記にあるように映画と観客はその一夜がどんなに情熱的で激しいものであっても、一過性かつその場限りの関係だからです。私は同じ映画を何度も見ると言いましたが、映画が見るたびに見せるのは毎回同じ顔、どんなに愛して通いつめても最初に出会った時以上に微笑んでくれることはありえませんし、むしろ最初に出会ったときの輝きは徐々に色あせていくのが普通です。そういう意味ではこの例えで言えば一夜限りのピンクな商売の関係というのが適切でしょうか。

 変な例えを持ち出したせいでよけいこじれた感じもありますが、感覚的には概ね伝わったかと思います。要するにアニメ・連続ドラマと映画ではハマり方が異なり、没入度も変わってくるのです。いえ、没入度という言葉にはやや語弊があるので、ここは浸透度という表現を使いましょう。人間の心理は関数です。関数とは即ち入力に対して内部処理があり、出力をもつものです。人間という関数は入力に対する出力に遅延が存在します。一つの作品を見て感動を得ても、それが骨身に馴染んでくるのは実に数日後からなのです。これが「どんなに感動した映画でも1週間もすれば忘れている」であり「つまんねーアニメでも2クールずっと追ってたら何かエンディングで感動したし後々まで記憶に残る」である所以なのです。これは映画の価値を貶める意味ではありません。人生を賭して追いかける夢と、一晩に見る夢は文字は同じでも意味は異なりますし、それぞれがそれぞれの代わりにならないという点ではやはり双方が唯一無二の価値なのです。その上で申しますと、人間は60年ぐらい生きるので、人生という尺度により近いメディアはアニメだと、そうなるのです。月曜日に見初めて水曜日に冷める恋もあるぐらいですから、心を掴まれている限り放映クール中ずっと夢中でいさせてくれるアニメはまさに理想的な恋人なのです(?)。アニメが恋人、みたいな名言系コピペが昔ありましたが、これは茶化して言っているのではありません。


<幸福の終わった後には幸福と同じ重さの喪失感が残る>
 さて、上行では映画とアニメの心への浸透度合いの違いについて明らかにしましたが、ここでエンディング後の世界について考えてみましょう。最初に述べましたとおり物語は終わります。終わった後は物語の世界の時間は止まり、あるいは消えることで始まるより以前の世界に回帰します。観測者=視聴者について考えるとして、物語を見ていないという意味においてはアニメのインターバルと物理状態は同じですが、その性質は全く異なります。即ち、何週間待っても次回は来ないのです(続編はあるかもしれないがここでは考えない)。前項の恋人の例えに則ってみれば、これは破局であります。この終焉の到来は物語の定義に基づく普遍的特性で、映画でもアニメでも同じですが、前項にあるようにアニメのほうが浸透度が高いのであります。1年か半期か四半期か、とにかくそれだけ長く愛聴していたのだからこれは言ってみれば人生の一部のようなもの、それが急に消えてしまったら、その穴は急には埋まらないのであります。ドラッグや抗うつ剤などの快感作用を伴う薬には、薬の効果が消える過程で虚脱症状が出るものがあります。あるいは定年退職や子供の独立で燃え尽きた中年世帯と例えるのもいいでしょうが、項題のとおり人間は幸福の過ぎ去った後に残る虚無に、虚無は本来何の印象も与えないものであるにも関わらず不幸を感じるのです。その不幸の大きさは、浸透度に比例し、即ちアニメのほうが多い形になります。


 <終演後の世界のポスト物語を見つめる>
 私が忌避していたものの正体はこの喪失感だったのです。これを読んで笑う人も居るでしょう。しかし考え方次第です。より一般化した表現を使えば「失うことが怖くて手にすることをためらう」というカッコイイ響きですし、これを身近な例で見れば死別が怖くてペットが飼えない人などで、これは笑い事ではないというのが理解していただけるかと思います。アニメ見る度に毎回ペットロス症候群になるとしたらどうです?私は繊細なので結構なります。例えばARIAのアニメはリアルタイム視聴じゃなかったのに最終話見終わった時点で虚脱感に襲われ数日何もできなかったし、ToHeart2の某会長ルートクリアした後は熱が出て一週間ぐらい誰とも話したくなかったし、誰にでもそういう思い出あるよね?

 私の場合アニメ見て創作意欲が充填されるタイプなので見なければいいじゃんで終わらすとかなり厳しい感じで、むしろ現状がその厳しい感じになっているので現状打開の願も込めてその打開策を提言して論説を閉じたいと思います。ここ数年創作意欲は底値も底値でほぼ0でございまして、実際原稿年産2,3pぐらいのペースです。でもね、今年に入ってもう2本アニメ見てるんですよ。3月からですね。まずけものフレンズ見ました。流行ってたからね。いやぁ面白かった。続編も見ますねきっと。あとAmazonビデオで1期と2期が無料公開されてたこのすばも見ました。あれ面白いっすねいやマジで。ファンタジーは良いですよねぇ俺も描きたい。同じ異世界ものでもあの何度も死ぬやつ名前思い出せないけどあれ途中まで見て何かいいやってんで投げ出して以降またアニメと疎遠になってましたが、やっぱり面白いアニメは面白いですね(哲学)。で今順調に創作圧が高まってきてるんでこのボルテージを保ったまま次々面白いアニメを見ていければきっと自分の創作活動もやっていけるんじゃないかと、テキトウですがそんな感じで閉じです!
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あけましておめでとうございます/VR体験行ってきました/VRを題材にした漫画

あけましておめでとうございます。こちらは今2017年です。


去年末、新都社の不良社員たちと人権補充をした折、VR体験会に参加しました。
参加したのはドスパラ秋葉原本店にあるVIVEのブースで、HTCのゴーグル一式を体験できました。

ドスパラ秋葉原店
キャプチャdos


まず、私自身勘違いしていたんですがVRというのはゴーグルのみを指すものではありません。
(PS4のオプション部品であるPSVRを除く)VRは、基本的に以下の部品で構成されます。

・VRゴーグル
      -3D映像を見せるもの。左右の目の先に小さなディスプレイが1つずついている。
・コントローラー
      -ゲーム内で手やカーソルの役割をするもの。Wiiのコントローラーを両手で持つようなイメージ。
・パソコン
      -映像処理をする。現状のVR環境はいずれも高度なグラフィック処理能力が必要とされる。
・モーションキャプチャーカメラ
      -VRゴーグル及びコントローラーの動きを検出する。必須。


図:VR環境の構成(出典:NECソリューションイノベータ)
vr_ph02.png

 一応補足しておくとモーションキャプチャーカメラというのは人間の体や四肢の動きをコンピューターに取り込む装置です。コンピューター内でVRゴーグルの位置や向きをリアルタイムで管理することで、人間が首を動かした時はそのぶんVRゴーグルに出力する映像を動かす、という処理を行います。
 元は3DCG映像内で人間のキャラクターを実際の人間と同じ動きで動かすための技術でしたが、Microsoft社のKinectなどによりより軽便に利用できるようになっています。



利用所感:

1.高い没入感
 デモプレイで遊んだゲームはいずれも数日で作った、または一昔前のゲーセンに置かれてそうな安っぽいもの揃いでしたが、視界を完全に画面が覆い、首の動きに連動して画面が動く没入感は圧倒的でした。私が遊んだのは
①ジェダイの騎士になって飛んでくるブラスターのビームを跳ね返す
②ジェットコースターに乗る
③ゾンビを撃つ
の3つでしたが、いずれも自分がどこにいるのか忘れてしまうほどでした。特筆すべきはジェットコースターで、実際はただ椅子に座っていただけなのに、画面内で急降下したり左右に揺れると体も合わせて傾いてしまうのです。さいごには叫んでいました。VRの視覚特性を生かすならああいったアトラクション要素の強い体験ゲームが理想的なのかもしれません。逆に、既存のコンシューマ/PCゲーム(マウスとキーボードないしパッドで遊ぶ)とVRがリンクする機会は思ったより少ないかもしれない、とも感じました。ただ、次世代ゲーム機の皮をかぶった体操器具と言われていたWiiも最終的には普通のゲームハードっぽいソフトラインナップになっていたので、前提ハードとしてVRが普及するのはおおいにアリと思います。


2.制約
 ゲーム体験としては最高でしたが、体験に際してあらゆる方向に制約があると感じました。

2.1 動きの制約
 上述のようにVRではユーザーの位置座標の検出にモーションキャプチャーカメラを利用しています。私達が体験した環境では、2つのカメラが対角線上に壁の高い位置にセットされており、ユーザーを見下ろす構造になっていました。即ち、このカメラの写角内が実質上のプレイの範囲内になります。これはカメラのセット距離に依存するので、上限はあれど部屋が広ければそれなりに広く遊べるでしょう。問題は最低限遊べるだけの広い空間を自宅に確保できるかで、誰もが用意できるかといえば難しいでしょう。
もう一つ動きを制約していたものがあります。実は体験したVRゴーグルは有線式で、装置の後ろから出たケーブルがパソコンと直につながっていました。デモでは天井にケーブルを吊り下げる中継タグをつけて、それをカーテンレールで可動させていたのでケーブルが突っ張って動けないという場面はありませんでしたが、それでも遊びながらぐるぐる回っているうちにケーブルが体に巻き付くような場面は見受けられました。年内にも無線式モデルが出るだろうそうですが、完全に自由なプレイはまだ先だなと感じました。

2.2 導入の制約
私の部屋は家具模様をデフラグしてがんばれば8畳ぶんぐらいの面積が確保できるので、値段次第では導入もかくや、と体験した直後は考えていたんですが、値段と導入ハードルを考えて冷静さを取り戻しました。私が体験したHTC VIVEを例に考えましょう。最低限構成ではなく最低限度快適構成で、デモと同じ環境を作るとして、

HTC VIVE(ゴーグル本体)                   - \107,784
ベースステーション2基(モーションキャプチャーカメラ)  - \34,000
コントローラー2基                       -  \32,000
3-in-1ケーブル(長いUSBケーブル)             - \4,900
リンクボックス(USBやHDMIとゴーグルを中継) - \3,700

この時点で小計は                       - \18,2384
にもなります。また、デモ中に補助役のお姉さんにチラッと聞いたところ、デモ用のマシンのビデオカードはGeForceのGTX1060だとか。現状の私のPCは1000番代には遠く及ばないのでこれも購入となります。ケチっても仕方ないのでグラフィックメモリは6GBのものにすると、最安でも¥28,000台(価格コム調べ)になります。上記の小計に\28,000を上乗せすると\210,384、20万超えます。いやぁ~キツイっすわw
 
 これはVRを取り巻く業界全体の傾向なんだそうですが、技術的に模索状態な現状、廉価な一般市場向け製品を出すよりは高価でハイエンドなモデルを次々出してゲーム機として確かな手応えがつかめるまでは開発を続けていく、という状態だとか。確かに遊んでみた感じ、今すぐ現状のゲームハードたちのお株を奪えるかといえば微妙な感じでした(PSVRという例外がありますが)。逆にPSVR相当の家庭用ゲームと地続きのVRデバイスは各社計画しているところかと思いますので、17年中には出てくるのかなと予想します。そういう意味では、ただVRで遊びたいと考えている人はパソコンで動かすVRシステムを待つぐらいなら家庭用ゲーム機を買ったほうがいいと考えます。

これを読んでいるなかに、まだVRには触れたことがないという方が居ましたら、週末にお近くの体験ブースで体験してくることをお勧めします。感動しますよ。




ところでみなさん花沢健吾先生の『ルサンチマン』という漫画はご存知でしょうか。
20160329005007.png
プロセッサが高性能化しVRが広く普及した近未来の日本で、女性に縁がなくこのままでは一生独身になると危機感を抱いた主人公が友人の勧めでVR装置と専用のギャルゲーを購入するところから物語は始まります。冒頭のあらすじだけ見るとSAOか?と思いますが、SAOが意識が飛んじゃうタイプのSFちっくな仮想現実世界なのに対し、ルサンチマンの仮想現実は極めて現実的で、ほぼ上で紹介した現在の機器構成そのままです(より”高度”なオプションパーツが出てくるぐらい)。ストーリーはWikipediaにあるので読んで下さい。すごく面白いですよ。
 同作品が連載されていた頃はオンラインゲームにのめり込む人々が社会問題になっていた頃で、同作品もそういった背景を取り入れているものでありますが、VRが現実のものになった現在に読み直してみると、また違った印象をもつかもしれません。

今年最後の紅葉

写真撮りました。
DSC_07910.jpg

 もうぼちぼち紅葉も葉が落ちて枯れ始めたので慌てて撮ったのですが、手ブレ・ピンぼけ・光量不足という写真悪要素3つをコンプリートした大失敗写真になってしまいました。いっぱい撮ったんで何枚かいいのあるだろ、と甘いこと考えてたんですが全部こんな感じでした。
 弁明させて欲しいんですが、写真撮ったのが早朝の日の出前で、現場は写真で映ってるよりも暗かったんです。ISO最大にしてシャッターもものすごく重くなってたので、しっかりホールドしてたはずがこのザマという訳です。三脚とか使えば良かったんでしょうが、そんな写真ガチ勢じゃないので…

最もマシだった一枚を補正して見れるようにしたものDSC_079220.jpg

何年か前に行った草津での夜間撮影と体感では同じぐらい暗かったのに、こちらだけ写りがクソ悪いのは不思議です。証明光量によるところが大きいのかな?
(参考)草津写真
DSC_0471.jpg
DSC_0469.jpg


カメラは趣味ではなく作画資料収集用と割り切っているのですが、なまじ一眼はほぼゼロオプションの裸状態でも重くかさばるのであんまり持ち歩かないもんでさほど写真が集まらないというのがつらいところです。以上です。

ジャイロ効果VS手首 

こんにちは。今回はほぼ日記です。


1.パワーボール買いました
パワーボールとは?

パワーボール(英: powerball)は、ジャイロの原理を応用したトレーニング器具。使用中に蜂の羽音のようなうなりを上げることからダイナビーとも呼ばれる。
野球ボールほどの大きさの球形プラスチックケースに、重量のあるボールが内蔵されている。ボールの中心には金属の軸が通っており、これを中心にボールが回転する。軸はプラスチックケース内部の赤道面を自由に動くようになっている。ボールには糸を巻き付けるための溝が彫られている。プラスチックケースの一部からボールが露出しており、露出部分から前述の溝に沿って糸を巻き付け、それを高速で引き抜くことにより回転をあたえる。


イメージ

 つまり手首や握力を鍛える筋トレグッズです。肘より先の筋肉が画力に比例するという持論を証明すべく購入し、ウィンウィン回って面白いので四六時中回してました。
 最初は効果がありました。絵を描く前にウォームアップで軽く10分ほど回すと手の筋肉が温まり、線を正確に引くのが楽になるなどしました。しかし机に向かってる時間でペンを持っていない間はほぼ全てこれを回す、といった無茶な使い方してたせいか、見事に右手首を痛めてしまいました。ごく軽度でそれほど深刻ではないですが、何事もやりすぎはいけないという事でしょう。
 余談ですがどうも使い方が悪いらしく、パワーボール側も買って数日しか経ってないのにプラスチックの軸が削れてボール内に破片が溜まったりしている具合です。Amazonで一番安いやつだったのでこんなもんかって気もしますが、どういう回し方が正しいんだろう。


2.紅星白酒買いました
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最高にレッドチャイニーズっぽくてカッコイイボトルデザイン
以前ザンギー(銀座)の北京ダック専門店でコース料理のドリンクとして出てきた分君酒という高級酒の味が忘れられなくて、同じカテゴリの大衆酒である紅星に手を出しました。分君は一袋100円とかで売ってそうな安い飴を連想させる極端に強いフルーツフレーバーが特徴でしたが、紅星にはそんな小洒落たものはなく、たぶん原料のとうもろこしと熟成過程由来なんだろう『沢庵』のような香りが広がるだけです。しかし重要なのは度数。ふだん40度ぐらいのお酒を舐めるように飲んである意味慣れてる自分でも『カーッ!』ってなるような強いアルコール(56%)は、分君のそれと寸分と違わないパンチでした。これから冬ですから、気付けや寒さ飛ばしにあおるにはもってこいですね。ちなみにAmazonだと輸入酒なのに800円弱というすごい値段で売っているので、気軽に一瓶買って棚に入れておくのもいいかもしれないですね。
特制 紅星  二鍋頭酒(アルコードシュ) 56度 500ml入り


3.平田篤胤の世界(ペリカン社)買いました
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平田篤胤という御仁をご存知でしょうか?江戸時代の国学者で、古事記研究で有名な本居宣長の(一応の)弟子にして日本神話研究や神道研究の界隈では名のしれた山師学者です。氏はその有り余る想像力と行動力で、自ら師と仰いだ宣長の築いた資料研究のスタイルを遥かに飛び越え、神話解釈や現世の構造について多くの著書を残し幕末から戦前の皇国史観に至るまで大きな影響を与えました。と自分が知っているのはこの程度なのでこの辺にしておきます。
 本書を買うにあたり篤胤先生自ら執筆した『仙境異聞(仙術を修めた少年と篤胤先生の対談形式により神道的世界観を明らかにしていく実録取材本)』という本の現代訳とどっちを取るか悩みましたが、自分のような素人には一次資料を買うより二次的に俯瞰した本がふさわしいと思いこちらを選びました。


絵も描きました

作業に対するアルコールの効果の備忘録

お久しぶりです。
今回も作画作業時の助けになる、または効率を改善する方法に関連しそうな気づきについての備忘録を記していきます。

今回のテーマはアルコールです。が、自分は医者でも薬剤師でもなく学術的な知識は無いので、今回も体感にのみ基づくメモの形式を取らせていただきます。



1.アルコールの概略的効果

 これは特に文字書きに多く聞く話であるが、酒を飲んでいないと作業が出来ないという人が時折いる。自分も「アルコールに作業能率を上げる効果があるのでは?!」などと真に受けて飲みながら作業をしたことがあったが、これは全く逆効果であり、一部の事項をのぞきほぼ阻害要因にしかなり得なかった。
 まず、一般的にアルコールの効果とされている点について確認しよう。アルコールの効果として有名なのは、集中力・注意力の減退、気が大きくなる、運動神経が鈍る、血流の増加などである。


2.作業に対するアルコールのマイナス効果

 一つ目の集中力・注意力の減退は、飲酒運転が事故につながる主要な要因であることから分かる通り飲酒量により非常に強い効果として現れる。前回の作業BGMの重要性で述べたが、集中力や注意力は強すぎると逆に周囲の要因に意識がいってしまい目の前の作業に集中できないという状況を作る。そのため適度に減退する分には良いが、その「適度」に相当する飲酒量などせいぜいシングル1杯分程度(個人の尺度)であろう。それを超えると目の前の物事にすら集中できなくなり、筆のカーソルを目で追い続けることすら出来なくなる。その頃には酩酊状態で、作業どころではなくなっているはずだ。また注意力の減退も塗り忘れや行程とばしを誘発させるので非常にまずい。また、これは絵描きに特有の話だが、立体的な絵を平面に描いたりするのは意外と脳の容量を使う(デッサン専用の回路が脳内にあると考えてもらえると早い)。集中力が減退したり、脳への血流や酸素供給量が減ってこれらの部位が充分に働けなくなると、そもそもまともに絵が描けなくなってしまう。
 三つめの運動神経の鈍化も絵描きにとっては致命的である。絵を描くという行為は手を使う。もちろん小説執筆にも手は使うが、タイピングとドローイングでは根本的に動作が違い、描画行為では常に精細な手の動きを要求される。デジタルツールでは補正で多少であれば何とかなることもあるが、基本は同じで手の動きの繊細さはあればあるだけ良いのだ。飲酒によって手が震える、というとかなりの深酒をイメージするだろうが、震えるまで行かなくとも、その手前の段階でも確実に影響は出てしまう(ちなみにブログ筆者はちょっと飲んだだけでも手が震える)。複雑な制御点を経由する線や、細かい強弱調整を要求される描線を引く時、しらふなら難なく出来るようなものでも酒が入っていると意外と苦戦したりする。
 と、ここまで書けば百害あって一利なしのように思われるが、やはり酒を執筆の友にしている人が一定数居る以上、それに値するプラスも存在する。筆者はアルコールにめっぽう弱いたちなのであまりプラス面に触れる機会が無かったが、下戸でも受けられる範囲の恩恵について体験を思案で補って書き加えておこう


3.作業に対するアルコールのプラス効果

 早い話が1.で紹介したアルコールの効果のうちマイナス要因で触れなかった事項がプラス要因になる訳だが、とにかく順に触れていこう。
 まず二つ目の気が大きくなる点だが、これはつまり羞恥心からの開放を意味する。想像して欲しい。白い人漫画でも夢小説でもSSでも良いが、あなたが普段抱えている劣情を精細なディテールで具体的な形を伴った物語に書き起こしていくのだ(しかもあなたはその点について公にすることに抵抗を感じている)。一度でも体験した事があるなら容易に共感してもらえるだろうが、これは例え一人に部屋で真夜中にやっていたとしても、かなりの羞恥心を感じる。自由で奔放な創作を常識が妨げると言うと偉そうだが、そんな偉そうな物言いの偉大な先達たちもこの悩みには直面していたはずだ。羞恥の他にも良心の呵責や作品を公開することで自分の社会的地位を貶めないだろうか、といった類の不安は気にしだせばいくらでも湧いてくる。これらの種々の不安に効くのがアルコールだ。この効果については太鼓判を押そう。『理性や常識などくそくらえだ。純度100%の欲望に下支えされていない気取った娯楽などしょせん2流以下だ!』などと普段から豪語できる人は酒の力など借りる必要はないかもしれないが、そうでない人はここぞという場面の直前に1杯あおってみるのはどうだろう。(経験則だが、この効果の恩恵を受けている人は文字書きのほうが比率が大きい気がする。まぁ過激な一枚絵より過激なSSのほうが恥ずかしいもんな)
 さて、気分的にはこれで終わりで良い気もするが、もう一つ残っているのでついでに紹介しておこう。この効果については実は今さっき意図せず実践して気づいたのだ。残っている効果は4つ目、血流量の増加である。厳密には血圧の増加と表現すべきかもしれない(医学に明るい方の訂正をいつでも受け付けます)。カフェインやニコチンがそうであるように血管が収縮し、血圧が上がり血が前身を掛け巡る(ただし酸素は内蔵で消費されるので脳への供給量は増えない、ってこの理解で合ってます?)。筆者のつたない理解が正確であれば、唯一ある状況でアルコールは作業者の役に立つだろう。そう、眠いときだ。眠いけど作業のキリをつけたい、終わらせたい時、どうするか。アルコールを取ろう!あなたが眠気を感じる時、脳内では副交感神経が優位になり、血管が弛緩して血圧が下がり、全身がリラックスしていく。そこに酒をぶち込むのだ。上記のようにアルコールの効果は副交感神経の働きを相殺するだろう。ただし飲み過ぎはいけない。深酒をすれば2.で示したようなマイナス効果があたなを襲うだろう。 




 以上が作業に対するアルコールの効果の備忘録である。後で参照して活用…するかは正直怪しいが体系的な理解の助けになれることを望む。




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プロフィール

複素数

Author:複素数
名前:複素数
新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
pixiv: http://www.pixiv.net/member.php?id=797664

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