なつやすみ読書感想文 イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年(大久保 2012)を読んで


 こんにちは複素数です。先日25歳になりました。人生の夏休みも3年目が見えはじめ、人生が日々いっそう厳しさを増していると感じない日はありません。そこで新学期を迎えるために宿題を一つ提出することにしました。まずは読書感想文です。昔から読書感想文だけは得意でした。


1.本をえらんだりゆう

 まず題材に用いる本を選んだ理由を説明しましょう。正確に言えばこれは書籍ではなく論文ですが、内容的には簡潔で抑揚に富み娯楽文書としても十分楽しめるものでしたし、大学の論文アーカイブで誰でも閲覧できるという共有性の高さもあり選択に至りました。また「戦勝国が敗戦国に課す要求」というテーマは、第二次世界大戦によって米国の強い影響下で成立した日本国憲法体制の日本国では何をするにもついて回るものであり、現在も憲法という名の神学論争に多大な時間と労力が費やされる日本という国家にとって世俗権威や力の原理以上に重要な問題として存在しているものであります。加えて昨今の東アジアを騒がせる北朝鮮情勢についても、勝者敗者という分類こそ存在しないものの「永続服従か共存か」という最も基本的で重要な選択の存在を、戦間期ドイツの連合国との関係は思い出させてくれるのではないかと思い、ここに感想文を記述することを思いついた次第です。


イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年


 題字から分かる通り本稿はヴェルサイユ条約の具体的施行の方針について、ドイツの条約履行を監督する立場であるイギリスとフランスの条約とドイツに対する方針の違いがいかにして英仏対立を誘いヴェルサイユ条約を形骸化させたかを、一連の対立が最も激化した23年のルール占領までをイギリス側の動向に注視することで明らかにするものです。高校の授業を忘れてしまった人のために補足すると、ヴェルサイユ条約とは第一次世界大戦(1914~1918)の終戦条約であり、敗戦国ドイツに再武装の禁止や膨大な賠償金支払いなどを強いるものでした。この条約による戦後処理の失敗が20年後の国家社会主義ドイツ労働者党による独裁やドイツ再武装、そして再び欧州全土を巻き込む世界大戦を招いた一因であると現在では知られており、本稿も直接的に触れこそしませんが再来する悲劇を見据えた視点で「なぜヴェルサイユ条約が破綻したか」を論じているものであります。

 そもそも私はワイマール共和国史(戦間期ドイツ史)に興味があり、主に20年代末の共和制終焉前夜からナチ党が権力を完全に掌握するまでについて時折調べたり本を読んだりしていました。なぜ興味を持ったのかについてはここでは触れません。本稿が扱うルール占領は、未だドイツ帝国の残煙香る成立間もないワイマール共和国政府がゼネスト鎮圧のためにヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるルール地方にドイツ国防軍を一時派遣する許可を連合国に請い、フランスがそれを激しく拒絶することから始まります。この点、つまりワイマール共和国の選択に監督者としての連合国が登場するのは、私が今まで学んできたワイマール共和国末期の歴史ではあまり無いことです。ルール占領の12年後の1936年、ヒトラー率いるドイツはルール占領の主たる舞台であり、ヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるラインラント地方に国防軍を公然と派遣し、ドイツの主権回復と帝国復活を国内外に広く印象づけました(ラインラント進駐)が、その時連合国はこの意図的な条約違反に対し何か言うでもなく、実質的に黙認したのです。(各国の内的な事情からそうなってしまった事例もあるが)この反応の違いは36年にはなくて24年にはあったものの差であり、即ちそれこそがヴェルサイユ条約の実行力だったのです。そう気づいた時、私はがぜん条約をそのように形骸化させてしまった原因に興味が湧きました。



2.ようやく

 本稿を要約します。稿中は時系列に沿って事細かく出来事を語られていますが、実際は一年に満たない期間の話で特に政変などもないので主要な登場国についてその立場・主張・状況について引用と私の補足を交えて記述していきます。


 ドイツ:
 ・中央同盟国の頭領であり大戦最大の敗戦国で、ヴェルサイユ条約の定める賠償その他を履行する義務を負うことになった
 ・もとはヨーロッパ全域のドイツ系住民および旧二重帝国領土に影響力を持つ中欧の盟主
 ・終戦に至るきっかけは降伏ではなく国内で発生した革命(ドイツ革命)によりドイツ皇帝が追放され、連合国と停戦した後戦闘が再開しなかったため。仏英米軍(西部戦線)はドイツ国内に達しておらず、ドイツの国土は戦禍を免れているばかりか帝国陸軍はいつでも戦闘再開できる形で残存していた(軍は後に最大限存続する形で大幅縮小された)
 ・共和制に移行したワイマール共和国期も不安定な政権ながら内情はドイツ帝国時代の政治家・官僚・軍人が多く参画しており、第二次大戦を挟んだ第三帝国とドイツ連邦のような極端で完全な政体転換はなく連続性のあるものだった
 ・ヴェルサイユ条約は特に賠償について、大戦で疲弊した国内経済や国内(政権)の不安定さを理由に減額・支払い猶予をたびたび要求しフランスと対立することになる
 ・ワイマール憲法体制は共和制であり、例えヴェルサイユ条約に抵触する内容であってもドイツ国民が反感を抱くものであれば政府も抵抗姿勢を示さざるを得なかった。
 ・戦後の混乱を背景に国内で共産主義者が勢力を伸ばしており、これはヒトラーが政権を獲得し共和制が終了する33年まで深刻な問題として継続する


 フランス:
 ・連合国筆頭、西欧の大国にしてドイツとは長年ヨーロッパ覇権を争ってきた
 ・4年続いた西部戦線は最初を除いて殆どずっとフランスが戦場になっており、戦争に勝ちはしたものの国土は荒廃し多くの人的損失を出した
 ・実は50年前の普仏戦争でもプロイセン=ドイツ軍に大敗して国土を逆侵攻されており、安全保障上の明確な脅威であるドイツをこの機会に弱体化させ、ヴェルサイユ条約と連合国の名のもとに平和主義の民主国家に作り変えようと画策する
 ・上記理由に加えて大戦の戦費をイギリスやアメリカから借り受けており、国土が荒廃し各種産業がほぼ停止しているのもあって是が非でもドイツに賠償金を支払ってもらう必要があった
 ・それらの理由から強権的な手段を用いてもドイツにヴェルサイユ条約を履行させることを望み、ドイツがヴェルサイユ条約に反してルール地方のゼネスト鎮圧のために国防軍を派遣したことを口実に、連合国会議の開催国であるイギリスの意見を無視し、同じく大戦被害国であるベルギーを伴ってドイツ工業の要でありドイツの歳入の大部分を背負っていたルール地方を占領するという暴挙に出る


 イギリス:
 ・フランスとともに連合国を会戦当初から支えた連合国であり、陰りが見え始めたものの未だ世界の海を支配する大帝国である
 ・ヨーロッパであることは間違いないが欧州で唯一他国と海で隔てられた島国であり、戦後の立場を同じくするフランスや、ドイツやロシアとも異なる外交意思決定プロセスをもつ。具体的には仏独露ら大国が覇権膨張を志す積極政策をとるのに対し、英国本国の関心は対岸(ヨーロッパ大陸)の政治的安定だけであり、戦争を回避しつつ世界中の植民地を経営し貿易で蓄財する消極政策をとる
 ・上記の政策方針からドイツに対しても非常に融和的・リベラルな戦後展望をイメージしており、ヴェルサイユ条約の履行や、あるいは賠償金支払いについてもワイマール共和国の安定存続のためなら目をつぶるべきであるとの姿勢を内閣と議会は共有する


 アメリカ:
 ・大戦終結の功労者にして連合国の資金源。
 ・ウィルソン大統領はドイツの戦後処理の展望の大部分をイギリスと共有していたが、連合国各国の戦費を工面した(ウォール街への)手前、最大のネックである賠償金問題について猶予をつけるなどという事は言えなかった
 ・ドイツのヴェルサイユ条約履行を監視し判断する連合国の意思決定の場である連合国会議から途中脱退してしまうため、その後の英仏対立の構図には参加しない


 ロシア帝国/ソ連:
 ・第一次世界大戦の後半、1917年に発生したロシア革命によりロシア帝国が崩壊し、長い内戦を経て誕生した世界初の共産主義国家
 ・ルール占領の二年前まで内戦が続いており、24年はチェーカーによる粛清の嵐が吹き荒れている頃合いだが、この時点でソビエトは連合国にとって連合国の一員であったロシア帝国を打倒した敵対勢力であり、内戦が終結した今となってはシベリア出兵の時のように攻撃を加える事こそしないが国交はなく、当然連合国会議にも席は用意されていなかった。



 欧州戦線に参加した主要な国の内情を軽くまとめるとこんな感じかと思います。崩壊寸前の国家=ドイツ人の文明の立ち枯れ・共産化を防ぐために連合軍の要求に抵抗せざるを得ないドイツ、自国の将来存亡と経済のために条約に従いドイツ弱体化させなければいけないフランス、ドイツ=中欧の安定を第一に考えることで過激な手段を用いたがるフランスに不信感を抱くイギリス。もうこれだけでどんな悲劇がこれから起こるか容易に想像できますね。そして起こったのがフランス・ベルギーのルール占領事件であり、あとに残ったのはおなじ連合国であるイギリスとフランスの深刻な対立です。かくして、プロイセン的軍国主義を封じ込め欧州に平和をもたらすはずだったヴェルサイユ条約は執行者の不在から機能不全に陥り、最悪の状態で放任されたドイツは世界を再び炎に包むことになるのです。対立に至る詳細な時系列については本稿を参照してください。

 上記の各国概説を読む、あるいは本稿を読んだ方は「あのフランスというのは、なんて偏狭で独善的なやつなんだ。きっと次の大戦で全国を占領されたのは報いに違いない」といった感想を抱くかもしれません。私はそう感じました。大戦の戦禍によって余裕を失い、またいついかなる時も真っ先にドイツ軍の被害を被る地理的要因が彼らをそのような過激な行動に駆り立てていることを加味しても、フランスに対する一種の嫌悪じみた感情はなお私の心情内に残りました。じっさい、政権掌握前後のヒトラーは国民を前に演説する時はさかんにフランスを敵視する言葉を述べていましたし、群衆もそんなヒトラーを支持したのですから敗戦後のフランスがとったドイツに対する苛烈な姿勢をドイツ人は決して忘れてはいかなったのでしょう。
 しかしながら、それは第二次世界大戦後の世界を知っているからこそ感じられるものかもしれません。今が1922年だとした時、当然この先20年しないうちにドイツがまた戦争をするとか、ドイツを戦争に駆り立てた経済危機の根底にヴェルサイユ条約による賠償義務があったなんてことは想像もできないはずです。事実、欧州のまとめ役だったイギリスも、フランスさえもドイツがポーランドに侵攻するまで戦争など思いの外だったのですから。
 では20年代初頭のヨーロッパの指導者たちはどんな将来展望を抱いていたのかといえば、それはもちろん平和です。そしてその平和を体現するための装置こそが、軍国覇権主義ドイツを平和主義の民主国家に転身させるヴェルサイユ条約だったのです。本稿もこの「ヴェルサイユ条約のみが現状とりうる唯一にして最良の和平手段」という視点に立ち、その遂行への積極度という尺度で英仏を見ています。ヴェルサイユ条約の有効性が実際どうだったかは別にして、平和手段であった条約をドイツに遂行させる努力をしたかについて考えれば、フランスへの考え方もまた変わってくるでしょう。イギリスも同じく、視点が代わることで評価が変わってきます。第二次世界大戦後のアメリカを中心とした敗戦国処理を知り、あるいは体験し正義として拝んできた我々日本人にとってイギリスがイメージしていたドイツ帝国の戦後処理は、二次大戦の講和条約に近い性質をもつことから「正解」に近いものと感じられるかもしれません。実際アメリカが連合軍会議を脱退せず、フランスもすべての項目でイギリスに賛成していればあるいは第二次世界大戦は起きないか、ずっと先延ばしになっていたかもしれないです。しかしそれは未来からの視点であり、あくまで現時点で連合国が実行できる平和努力はヴェルサイユ条約だけで、イギリスがその遂行努力を自己都合で怠ったことは事実なのです。イギリスもフランスも、未来のヨーロッパというビジョンをそれぞれ持つと同時に自国の都合をそれぞれ抱えており、方向性の違いが遠心力を生み、どちらかの意見が通るのではなくあろうことが平行線を辿り、その果に満身創痍のドイツを野放しにしてしまったことこそが、この事件の顛末であり、その背景にはイギリスの楽観的かつ”非大陸的”視点が作用していたと本稿は語っています。

 といったところが本稿の要約ですが、私のような文盲が書き起こすと事実の羅列になってしまってあまり面白さが伝わらないですね。実際のところ、歴史的に重要な転換点について研究しているということ以上に、大戦をともに戦った連合国の双雄が平和になった途端にその意図を違えて両国関係に深い溝を築いてしまったという「皮肉な」事態を順に語っていることが本稿の面白さだと私は感じました。本稿に限った話ではありませんが、戦間期史は両大戦に挟まれたごく短い期間であることから「あらゆる事象の原因が第一次世界大戦にあり、結果が第二次世界大戦に繋がる」と言っていいほど戦争と関わりの深い平和の時代です。本稿も例外なく、文中で出てくる出来事・人物などはいずれもこの後に控える人類史上最大の戦禍に繋がるものであり、ただの会議や談話であっても異様な緊張感を放っており、それこそこのジャンルの魅力であり面白さだと私は信じて疑いません(悪い歴史マニアの視点)。



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技術検討備忘録 画面のシャープネスと黒


 皆さんには十中八九どうでもいいことでしょうが、個人的にすっごく悩んでいた事柄について、袋小路を脱したので今後同じ問題で悩むことがないように備忘録をいれておきます。


 漫画には画面の見栄え、シャープさという曖昧な指標があります。何をどれだけすればいくらシャープ、とかそういう定量的な評価は無いのですが、ぱっと見の感覚として「白と黒(ベタ)の比率が多ければ、あるいはそれだけで構成」されていればシャープであり、逆に「中間色の比率が多い」と画面がボケて見えるというものです。鳥山明や冨樫義博や久保帯人といった少年ジャンプ作家のように全くあるいはほとんどトーン(中間色)を使わず白と黒だけで画面を作っている作家の原稿はスッキリして、シャープに角が立っていて見やすいと感じたことはないでしょうか。つまり主にああいうのを言うのですが、その実現手段が黒ベタという塗りつぶしの技術です。陰、頭髪、黒っぽい部分を全部黒で塗りつぶしたり、ハッチングで疑似中間色表現(トーンも広義ではこれにあたるがここでは別物とする)するのと組み合わせて色を代替表現するのが黒ベタです。
 自分は今まで原稿を作るなかで、どうも自分の原稿は印象がボケているなという感覚を拭えずにいました。自分は線画がかなり濃いほうではありますが、トーン張り(というより色彩指定)が全くの素人であるのでバランスを欠いているきらいがありました。備忘録なのでこの記事でわざわざ参照画像を呼び出したりするつもりはないので気になる人はページ脇のURLから飛んでほしいんですが、たぶん濃いトーンを使いすぎているのだと思います。その代替として、上記の黒ベタを習得できないかとずっと考えて、かつ実際に試みていた訳です。特に人体毛髪の表現ですね。漫画ですから基本的にどのコマにも人が出てきて、人の顔が写ってる訳で、髪を真っ黒で表現できれば画面の黒比率ノルマの難易度が一気に下がる訳です。
 私は実際に黒ベタで上手に毛髪表現をしている作家や絵かきの画像を色々参照しましたが、これが難しいんです。特に髪束と髪束が前後で複雑に交差したり絡み合ったりするような立体感のある髪型(私はよく描く)は反射光を書き込んだりして立体感を出すことで形状を表現し切るのはなかなかできなかったです。実際黒も黒真っ黒で描いてる人は輪郭の技巧で立体感を表現することのほうが多く、輪郭より内側に入った形状については表現しない例が大半でした。つまり、この技術は表現をある種制約しているのです。もちろんさらに技術が高ければ表現できるんでしょう(いわゆるレベルで殴れ)が、それよりもまず初心に帰って本棚を参照することにしました。今まで自分が読んできた漫画たちについて細かく見てみましたが、髪を黒ベタ表現しているという条件について絞って見てみると、やってない人のほうが多いです。でありながら、画面のバランスという点では全く遜色ないのです。陰やハッチング表現、あるいは太い主線で黒を補ってバランスを補っているのでした。ようは自分が「画面のバランス=毛髪の黒ベタ表現」と自己暗示をして袋小路に入っていただけだったのでした。
 線画、そう線画です。自分は線画の主線がもともとかなり太いほうで(意識してやっています)、でもちょっとやりすぎかなぁということで最近細くしていたので、その段でハッとしたのでした。結局自分が昔意図した方向からアプローチしていくのが最短経路だったんだなぁ、と。つまり主線を厚くして、さらに陰影も線画の領分で描いてしまえばそのぶん黒い色の工程が無くなるというような事です。あと、シャーペンそのまま画になってる背景もペン画に戻したほうがいいかもしれないですね。

 この後(具体的には今手を付けてる原稿を区切りまで描いたら)一回自分の作業を離れて、プロの作った漫画の原稿をそのままそっくり手書きコピーする練習法をやってみるつもりです。誰にしようかな。伊藤悠先生か胃之上奇嘉郎先生が良いかなぁ。


という備忘録でした。

ご報告

昨日サクッと筋トレしたら見事、筋肉痛になりました\(^o^)/

いやーーでもある意味筋肉痛になりたくて筋トレやってるみたいなところもある訳で、目論見通り?みたいなー
筋トレサイコーです。

作業に対するアルコールの効果の備忘録

お久しぶりです。
今回も作画作業時の助けになる、または効率を改善する方法に関連しそうな気づきについての備忘録を記していきます。

今回のテーマはアルコールです。が、自分は医者でも薬剤師でもなく学術的な知識は無いので、今回も体感にのみ基づくメモの形式を取らせていただきます。



1.アルコールの概略的効果

 これは特に文字書きに多く聞く話であるが、酒を飲んでいないと作業が出来ないという人が時折いる。自分も「アルコールに作業能率を上げる効果があるのでは?!」などと真に受けて飲みながら作業をしたことがあったが、これは全く逆効果であり、一部の事項をのぞきほぼ阻害要因にしかなり得なかった。
 まず、一般的にアルコールの効果とされている点について確認しよう。アルコールの効果として有名なのは、集中力・注意力の減退、気が大きくなる、運動神経が鈍る、血流の増加などである。


2.作業に対するアルコールのマイナス効果

 一つ目の集中力・注意力の減退は、飲酒運転が事故につながる主要な要因であることから分かる通り飲酒量により非常に強い効果として現れる。前回の作業BGMの重要性で述べたが、集中力や注意力は強すぎると逆に周囲の要因に意識がいってしまい目の前の作業に集中できないという状況を作る。そのため適度に減退する分には良いが、その「適度」に相当する飲酒量などせいぜいシングル1杯分程度(個人の尺度)であろう。それを超えると目の前の物事にすら集中できなくなり、筆のカーソルを目で追い続けることすら出来なくなる。その頃には酩酊状態で、作業どころではなくなっているはずだ。また注意力の減退も塗り忘れや行程とばしを誘発させるので非常にまずい。また、これは絵描きに特有の話だが、立体的な絵を平面に描いたりするのは意外と脳の容量を使う(デッサン専用の回路が脳内にあると考えてもらえると早い)。集中力が減退したり、脳への血流や酸素供給量が減ってこれらの部位が充分に働けなくなると、そもそもまともに絵が描けなくなってしまう。
 三つめの運動神経の鈍化も絵描きにとっては致命的である。絵を描くという行為は手を使う。もちろん小説執筆にも手は使うが、タイピングとドローイングでは根本的に動作が違い、描画行為では常に精細な手の動きを要求される。デジタルツールでは補正で多少であれば何とかなることもあるが、基本は同じで手の動きの繊細さはあればあるだけ良いのだ。飲酒によって手が震える、というとかなりの深酒をイメージするだろうが、震えるまで行かなくとも、その手前の段階でも確実に影響は出てしまう(ちなみにブログ筆者はちょっと飲んだだけでも手が震える)。複雑な制御点を経由する線や、細かい強弱調整を要求される描線を引く時、しらふなら難なく出来るようなものでも酒が入っていると意外と苦戦したりする。
 と、ここまで書けば百害あって一利なしのように思われるが、やはり酒を執筆の友にしている人が一定数居る以上、それに値するプラスも存在する。筆者はアルコールにめっぽう弱いたちなのであまりプラス面に触れる機会が無かったが、下戸でも受けられる範囲の恩恵について体験を思案で補って書き加えておこう


3.作業に対するアルコールのプラス効果

 早い話が1.で紹介したアルコールの効果のうちマイナス要因で触れなかった事項がプラス要因になる訳だが、とにかく順に触れていこう。
 まず二つ目の気が大きくなる点だが、これはつまり羞恥心からの開放を意味する。想像して欲しい。白い人漫画でも夢小説でもSSでも良いが、あなたが普段抱えている劣情を精細なディテールで具体的な形を伴った物語に書き起こしていくのだ(しかもあなたはその点について公にすることに抵抗を感じている)。一度でも体験した事があるなら容易に共感してもらえるだろうが、これは例え一人に部屋で真夜中にやっていたとしても、かなりの羞恥心を感じる。自由で奔放な創作を常識が妨げると言うと偉そうだが、そんな偉そうな物言いの偉大な先達たちもこの悩みには直面していたはずだ。羞恥の他にも良心の呵責や作品を公開することで自分の社会的地位を貶めないだろうか、といった類の不安は気にしだせばいくらでも湧いてくる。これらの種々の不安に効くのがアルコールだ。この効果については太鼓判を押そう。『理性や常識などくそくらえだ。純度100%の欲望に下支えされていない気取った娯楽などしょせん2流以下だ!』などと普段から豪語できる人は酒の力など借りる必要はないかもしれないが、そうでない人はここぞという場面の直前に1杯あおってみるのはどうだろう。(経験則だが、この効果の恩恵を受けている人は文字書きのほうが比率が大きい気がする。まぁ過激な一枚絵より過激なSSのほうが恥ずかしいもんな)
 さて、気分的にはこれで終わりで良い気もするが、もう一つ残っているのでついでに紹介しておこう。この効果については実は今さっき意図せず実践して気づいたのだ。残っている効果は4つ目、血流量の増加である。厳密には血圧の増加と表現すべきかもしれない(医学に明るい方の訂正をいつでも受け付けます)。カフェインやニコチンがそうであるように血管が収縮し、血圧が上がり血が前身を掛け巡る(ただし酸素は内蔵で消費されるので脳への供給量は増えない、ってこの理解で合ってます?)。筆者のつたない理解が正確であれば、唯一ある状況でアルコールは作業者の役に立つだろう。そう、眠いときだ。眠いけど作業のキリをつけたい、終わらせたい時、どうするか。アルコールを取ろう!あなたが眠気を感じる時、脳内では副交感神経が優位になり、血管が弛緩して血圧が下がり、全身がリラックスしていく。そこに酒をぶち込むのだ。上記のようにアルコールの効果は副交感神経の働きを相殺するだろう。ただし飲み過ぎはいけない。深酒をすれば2.で示したようなマイナス効果があたなを襲うだろう。 




 以上が作業に対するアルコールの効果の備忘録である。後で参照して活用…するかは正直怪しいが体系的な理解の助けになれることを望む。




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作業BGM

作業BGMの重要性について気づき
(この文章は深夜2時過ぎにタイプしている)

作業BGMの重要性について、それが普段の認識よりも遥かに大きいという事を順序だって記述する。忘れた頃に読み返して作業効率を上げなさい。


1.なぜ作業BGMを聞くのか

 聞かなくてもいいのではないか、または映画やレイディオでもいいのではないか?という疑問が存在するが、これらは明確に否定される。以下で外堀を埋めていくことにする。

 まず、聞かなくても良いのではないかという部分についてだが、これは論外である。次項で詳述するが、作業BGMなどは作業に集中するための措置である。受験勉強を思い出して欲しい。望んだわけでもないのに社会のレールのとっかかりを掴むために意味の分からない勉強をさせられる。ストレスの塊と言っても差し支えないような行為を、昭和の体臭が抜けていない体育会系の中年教師やカリスマ気取りの塾講師の言うがままに勉強部屋で音楽もかけずに集中してやらされた。能率や成果などあってない作業で大きく消耗しただろう。つまり何が言いたかったかというと、あらゆる作業には程度により固有のストレスが生じ、かつ楽しくない作業は外乱が加わると気が散って度々中断されるのだ。閑静な住宅街の防音がしっかりした個室で勉強している子はいいが、隣で母親がテレビを見ている居間や、近所のガキどもが叫びまくる公園の近隣では音楽をかけないとかえって環境音が耳に大きく入り込むことになる。国語の文章問題を理解している時に俳句王国など流れてきたら読解どころではない。音楽はこれらの2つの問題、外乱と作業ストレスを同時に緩和する効果を持つ。ほんの少しグレードの良いヘッドフォンをつけて音楽を流していれば小音でも外の音などどこゆく様、ソニーのノイズキャンセリング技術を使えば気分は雪の降りしきる茅葺屋根の下である。集中を途切れさせる作業ストレスも、小気味良い音楽は緩和してくれるだろう。

 次に映画やアニメではどうかという点だが、これについては止はしないが、やはりおすすめしない。一般論として、映像は音楽より次元が一つ多い。すなわち音楽が耳だけで楽しむものであるのに対して、映像は耳と目で楽しむ。作業の種類にもよるが、パソコンで絵を描くにしろワープロに打ち込むにしろ、たいていの作業は視覚を使う。作業能率を上げるために見ているはずなのに、視線は映像の画面に釘付けで手は動かず…と、こういう経験は少なからずしているものと思う。特にいけないのが字幕の映画だ。あれは音だけ聴いても何にも分からないので、常に画面を見続ける必要がある。以前気になってあえて字幕映画を見ながら作業してみたことがあったが、だいたい作業画面に目を戻せるのは5秒に1秒程度で、すぐ映画に目線を戻してしまうので全く作業にならなかった。逆に言えば、日本語吹き替え映画やアニメを音として聞く(つまりBGV)のは問題ないことになる(集中できるかは別問題である)。たとえば私は押井守監督の「イノセンス」やアニメ「天保異聞妖奇士」を時々BGVに使っている。前者などは作業のお供にしすぎてかれこれ50回以上は視聴しているだろうし、後者にしても全30話ほどだが20周はしている。推測だが、これらがBGVとして成立するのもまさにこの「何度も見た」からなのだと思う。つまり、セリフやSEや音楽を聞くだけでシーンが頭に浮かんで、劇中で何が起こっているか認識できる=目を使わずに視聴が完結する状態の作品でなければ、上記の例のような画面と作業を行ったり来たりするはめになってしまい、結果的に効率は落ちるのだ。

 最後にもう一つ、ラジオだ。これは上の2つに比べれば遥かに作業に適していると思う。頼まなくても音楽が流れてくるラジオは、作業の前に何時間もかけてYouTubeで今日の作業BGMの動画を探す手間が省ける。しかし、その「勝手に流れてくる」のが最大の問題だと私は感じる。自分好みの曲が流れている間は良いだろう。控えめなMCのくぐもった声による音楽トークや、交通情報もまぁ良い。だが全く好みでない音楽や、集中を阻害し神経を逆なでさせるようなトークが始まったらどうなる。せっかく安定期に入った集中は途切れ、あなたは恐らくラジオの選曲を変えるだろう。それならまだいいが、ちょっとだけよとSNSでもチェックし始めれば一巻の終わり、今日の進捗はそこで打ち止めとなるだろう。つまり、ラジオの不均一さが問題なのだ(個人の観念です)。


2.どんなBGMがいいのか

 では理想のBGMとは何か、それをこれから要点ごとに説明しよう。
(以下は個人の好みによる解釈であり、一般論ではありません)



・言葉として認識しづらいものであること

 これはBGMの要件としては最も重要かもしれない。曲が日本語で、かつ文章が話し言葉に近いリズムで入っていると耳はかなりの精度で言葉を拾って、曲が流れる都度脳に言葉の信号を送ってくる。書類作成や小説執筆で、頭の中で日本語を組み立てているなかで横から関係ない単語や文章が矢のように飛んできてはたまらない。絵を描くぶんにはそれほど問題にならないが、やはり文章を認識する過程に脳のリソースを割くぶん集中が阻害される気もするので、気になる人は日本語の曲は避けるのがいいかもしれない。
 理想をいえばインスト曲がいいが、英語の曲を聞くのもいいだろう。英語ペラペラのバイリンガルや帰国子女ならいざしらず、大抵の日本人は意識しなければ英語なんかシンセサイザーで作った複雑な音と一緒だ。テンポのいい曲が好みの人にとっては英語のラップ歌詞などが入るとむしろストレス緩和に役立つかもしれない。



・聴いてて気持ちよく、ループして聞くのに適しているもの 

 ここまで偉そうにまくし立てておきながら曖昧で申し訳ないのだが、音楽理論のオの字もない私は抽象的な言葉で伝えるほかない。
 何と言っても肝心要なのは聴いてて気分が良くなることだ。人間は本能的に音楽で快感を覚えるそうなので、誰しも何かしら好みの音楽などがあるものと思う。そのなかで上記の条件に該当する曲を聞いて欲しい。私であればジャズや電子音楽やヒップホップなど、普段から聴いていて快感かどうかだけを尺度に音楽を選んでいるので、目ならぬ耳に適ったものを選んで聴いている。また、この点については私見でしかないが、幾つかの曲をプレイリスト形式で流すよりは一曲を延々ループさせるほうが良いだろう。上に書いたラジオの問題と動揺、より上を求めるなら均一さは欠かせない。お気に入りの曲を複数ランダムやミックスリピートするのがダメとは言わないが、曲の変わり目で意識が現実世界に戻ってしまう可能性がある。ソーセージリンクと千歳飴の違いと言って伝わるか分からないが、そういう話である。さらに、無限ループなのでこの千歳飴は円環をつくっている。




3.さいごに

 最後が少々尻すぼみだったが、理想的な作業BGMの要件についての持論は概ね伝わったものと思いたい。こうして駄文を積み重ねたのは後年の自分のためであるのはもちろんだが、集中する方法について強い執着を持っている人間が居て、一つの最終解といえる持論をもつに至ったことを誰かに知ってもらいたいからでもある。
 人間の器官にスイッチオフはない。寝ている時ですら目は像を視続け耳は音を拾っている。強いて言えば目は瞼を閉じればものを見るのを止めることができる。子供の頃に瞼の裏を見ようとしたことは無いだろうか?どう頑張ってもたいしたものは見えなかったはずだ。目の構造上接触するほど近いものは像が結べないので見ることが出来ないと、後になってから知ったはずだ。しかしそもそも、人間は瞼を下ろしている間ものを見てないのではないか。眠る時に”何も見ていない”状態に入るために、目を閉じるとそもそもものを見る事を辞めてしまうのではないか。幼少の私はそう思った。それが事実かどうか未だに分からないし調べるつもりも無いが、耳に同じような”サイレントモード”があれば、外乱を1次元減らすことができるはずだ。私はその信念で日々作業BGM用の曲をYouTubeで探している。人間の器官と知覚・意識いう難物をいかにコントロールし、自分の望む行動を最大限の効率で行える人間になるか、という言い方をすると大切っぽいでしょう?(そうでもないか)しっちゃかめっちゃかになってしまったが以上だ。

プロフィール

複素数

Author:複素数
名前:複素数
新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
pixiv: http://www.pixiv.net/member.php?id=797664

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