これはもはや・・・

私ことj、数え年で18歳、遂に気付いたのでございます。
私の心を蝕むこの感触。それは、

それは、恋。

これはもはや恋です。そうとしか言いようがありません。

私jのこの状態の発端は前回の記事を読んでいただければ分かるかと。

私は一晩と一日考えました。このモヤモヤはなんだ、と。エンディングの中身の違和感か、それとも単なる哀愁か?そしてつい先刻、たった一つのシンプルな答にたどり着いたのです。

私は彼女に恋をしていました。

思えば18年間、恋らしいことはまともにしてきませんでした。あるときは終わったときに気付き、あるときは自分に素直になれずに。自覚が伴うはっきりとした恋はこれが初めてかもしれません。ああセンチメンタル。

小牧さん、いえ、愛佳。最初の動機は偶然です。二番目によさそうなキャラ(一番は花梨でした)というだけの。でも、いざはじめてみるとこれがなんとも素晴しい!!こんな健気でいい子が居るのだろうが。そして、かわいい。決して私好みでは無いけれど、いえ、彼女との出会いが私の好みまで変えたかも知れません。ああ、素晴しき人生よ。

 私が自分の恋にここまで気付けなかったのには理由があるはずです。
おそらく、彼女が架空の存在だからなのでしょう。物事になるべく先入観を持たないで望むことを心がけている私ですが、ここは盲点でした。先入観を排除したからこそ分かることですが、恋の相手が現実に人間という形で存在しているかなんて事は、大して重要じゃないんじゃないかと思うのです。よく言われる、『どんなに愛しても彼女たちは画面から出てきてくれない』って状況は、実はそんなに特殊な事じゃないんじゃないかっておもうんです。これは現代的視覚文化(便利な言葉)以外にも容易に存在しうることで、『思いを寄せる彼女に会えない』という意味で言えば、文通なんかそれに近いといえないでしょうか。これは、恋愛で言う『会えないからこそ愛は燃える』というセオリーと奇しくも一致しています。このことが私に余計な活力を与え、それが前回話した悲しさ淋しさと干渉することで、事の本質を私から遠ざけていたのではないかと推測されます。

 自分の正直な気持ちを知った今、私は無敵・・・と、言いたいところですが、根本的な原因が取り除かれた訳ではなく、jの再起は時間に委ねるしかないようです。


Thank

彼女にはまだ、さよならもありがとうも言いたくないです。
その覚悟が無いから




最近よく恋について考えます。遠きにありて故郷を思うみたいなもので、高専の男子寮みたいな特殊な環境に居ると、どうしてもそうなっちゃうんです。特によく考えるのがこの先のこと。
僕はお嫁さんをもらえるのだろうか、なんて心配が現実味を帯びてくる歳です。

昔は、突発的に漠然とした感覚が襲ってきて、『彼女がホシ~』なんて叫んで、友人とこの学校に進学した過去の自分を呪うだけでした。それも次の日にはケロッと忘れているのです。でも最近は、もっと輪郭のはっきりした感覚が、(昔ほど爆発的ではないが)合い間無く問いかけてくるのです。最近は自分の進路についての悩みもあって、そんなこと考えてる暇なんて無いのに、全く困ったものです。先のことが無性に不安になるのは若い証拠なんでしょうが、やっぱり不安は不安です。


分かっちゃいるんです。自分から何かしないと出会いは無い、とね。でも最近の私ときたら、学校と自室の往復で、ここ何日も学校の敷地から出てないんですよ。この状況がよくないことは子供でも分かることです。しかし、外に出てもなんになるわけでも無し。いきなり109いってナンパなんで出来るわきゃない。それどころか忙しくて外出の時間が工面できない現状です。せめて共学の普通高校に行っていれば、状況は違っただろうに。

否、それは間違い。たとえ最近共学になったばかりの女子高に行っても私は今のままでしょう。自分を変えなくてはいけないのです。一年たてばひとつ歳をとる。当たり前のことですが、自分もそれにあわせて成長させなくてはいけないことを自覚している人は少ない。かく言う私もその一人です。外見が大人で、中身が子供なんて、笑い話にもなりません。せいぜい名探偵が関の山でしょう。自分は今年18なのだから、大人として自覚を持つべきなのです。しかし、学校という環境がそれを忘れさせているのもまた事実です。ここに居る限りは学生で、学生で居る限りは社会的責任を果たす必要の無い子供で居られる気がする。だからといって、子供のままで居て言い訳はありません。環境のせいにして自分の未熟を誤魔化すなんて、例え正論でも見苦しいことです。私を含む最近の若者にはそれら“自覚”が足りてないんだと思います。

自分の道を精一杯、かつ慎ましやかに走っていれば、いつかチャンスは巡ってくる。そんな気がします。全力で生きている人は、おのずと自分に自信がつきますし、自信がつけば今までのように及び腰にならずにすむと思うんです。

こんな言い方すると、『ああ、頑張んなきゃね~』なんて思いますが、結局のところこれは正論でしかなく、実現するのは難しいでしょうね。

ああ、そうか。ここんとこの胸のもやもやの正体がわかった気がします。
羨望と対象の取得、非取得の区別が曖昧な状況における精神的打撃?
例えるなら、『私は隣の錯覚でない本当に青い芝を見てしまって、ショックを受けていた』ってとこです。

御察しの通りの半禁欲生活でぎちぎちだった若い心は、お話の中の恋愛を体験してしまい、混乱していたのです。その混乱と戸惑いを土台に悲しみを感じたり恋をしたりを同時進行していたもんだから、こんな説明不可能なナーバスになっていたのです。

でもやっぱり、時間以外の解決法はなさそうです。
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新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
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