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なつやすみ読書感想文 イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年(大久保 2012)を読んで


 こんにちは複素数です。先日25歳になりました。人生の夏休みも3年目が見えはじめ、人生が日々いっそう厳しさを増していると感じない日はありません。そこで新学期を迎えるために宿題を一つ提出することにしました。まずは読書感想文です。昔から読書感想文だけは得意でした。


1.本をえらんだりゆう

 まず題材に用いる本を選んだ理由を説明しましょう。正確に言えばこれは書籍ではなく論文ですが、内容的には簡潔で抑揚に富み娯楽文書としても十分楽しめるものでしたし、大学の論文アーカイブで誰でも閲覧できるという共有性の高さもあり選択に至りました。また「戦勝国が敗戦国に課す要求」というテーマは、第二次世界大戦によって米国の強い影響下で成立した日本国憲法体制の日本国では何をするにもついて回るものであり、現在も憲法という名の神学論争に多大な時間と労力が費やされる日本という国家にとって世俗権威や力の原理以上に重要な問題として存在しているものであります。加えて昨今の東アジアを騒がせる北朝鮮情勢についても、勝者敗者という分類こそ存在しないものの「永続服従か共存か」という最も基本的で重要な選択の存在を、戦間期ドイツの連合国との関係は思い出させてくれるのではないかと思い、ここに感想文を記述することを思いついた次第です。


イギリス外交とヴェルサイユ条約 : 条約執行をめぐる英仏対立、一九一九-一九二〇年


 題字から分かる通り本稿はヴェルサイユ条約の具体的施行の方針について、ドイツの条約履行を監督する立場であるイギリスとフランスの条約とドイツに対する方針の違いがいかにして英仏対立を誘いヴェルサイユ条約を形骸化させたかを、一連の対立が最も激化した23年のルール占領までをイギリス側の動向に注視することで明らかにするものです。高校の授業を忘れてしまった人のために補足すると、ヴェルサイユ条約とは第一次世界大戦(1914~1918)の終戦条約であり、敗戦国ドイツに再武装の禁止や膨大な賠償金支払いなどを強いるものでした。この条約による戦後処理の失敗が20年後の国家社会主義ドイツ労働者党による独裁やドイツ再武装、そして再び欧州全土を巻き込む世界大戦を招いた一因であると現在では知られており、本稿も直接的に触れこそしませんが再来する悲劇を見据えた視点で「なぜヴェルサイユ条約が破綻したか」を論じているものであります。

 そもそも私はワイマール共和国史(戦間期ドイツ史)に興味があり、主に20年代末の共和制終焉前夜からナチ党が権力を完全に掌握するまでについて時折調べたり本を読んだりしていました。なぜ興味を持ったのかについてはここでは触れません。本稿が扱うルール占領は、未だドイツ帝国の残煙香る成立間もないワイマール共和国政府がゼネスト鎮圧のためにヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるルール地方にドイツ国防軍を一時派遣する許可を連合国に請い、フランスがそれを激しく拒絶することから始まります。この点、つまりワイマール共和国の選択に監督者としての連合国が登場するのは、私が今まで学んできたワイマール共和国末期の歴史ではあまり無いことです。ルール占領の12年後の1936年、ヒトラー率いるドイツはルール占領の主たる舞台であり、ヴェルサイユ条約が定める非武装地帯であるラインラント地方に国防軍を公然と派遣し、ドイツの主権回復と帝国復活を国内外に広く印象づけました(ラインラント進駐)が、その時連合国はこの意図的な条約違反に対し何か言うでもなく、実質的に黙認したのです。(各国の内的な事情からそうなってしまった事例もあるが)この反応の違いは36年にはなくて24年にはあったものの差であり、即ちそれこそがヴェルサイユ条約の実行力だったのです。そう気づいた時、私はがぜん条約をそのように形骸化させてしまった原因に興味が湧きました。



2.ようやく

 本稿を要約します。稿中は時系列に沿って事細かく出来事を語られていますが、実際は一年に満たない期間の話で特に政変などもないので主要な登場国についてその立場・主張・状況について引用と私の補足を交えて記述していきます。


 ドイツ:
 ・中央同盟国の頭領であり大戦最大の敗戦国で、ヴェルサイユ条約の定める賠償その他を履行する義務を負うことになった
 ・もとはヨーロッパ全域のドイツ系住民および旧二重帝国領土に影響力を持つ中欧の盟主
 ・終戦に至るきっかけは降伏ではなく国内で発生した革命(ドイツ革命)によりドイツ皇帝が追放され、連合国と停戦した後戦闘が再開しなかったため。仏英米軍(西部戦線)はドイツ国内に達しておらず、ドイツの国土は戦禍を免れているばかりか帝国陸軍はいつでも戦闘再開できる形で残存していた(軍は後に最大限存続する形で大幅縮小された)
 ・共和制に移行したワイマール共和国期も不安定な政権ながら内情はドイツ帝国時代の政治家・官僚・軍人が多く参画しており、第二次大戦を挟んだ第三帝国とドイツ連邦のような極端で完全な政体転換はなく連続性のあるものだった
 ・ヴェルサイユ条約は特に賠償について、大戦で疲弊した国内経済や国内(政権)の不安定さを理由に減額・支払い猶予をたびたび要求しフランスと対立することになる
 ・ワイマール憲法体制は共和制であり、例えヴェルサイユ条約に抵触する内容であってもドイツ国民が反感を抱くものであれば政府も抵抗姿勢を示さざるを得なかった。
 ・戦後の混乱を背景に国内で共産主義者が勢力を伸ばしており、これはヒトラーが政権を獲得し共和制が終了する33年まで深刻な問題として継続する


 フランス:
 ・連合国筆頭、西欧の大国にしてドイツとは長年ヨーロッパ覇権を争ってきた
 ・4年続いた西部戦線は最初を除いて殆どずっとフランスが戦場になっており、戦争に勝ちはしたものの国土は荒廃し多くの人的損失を出した
 ・実は50年前の普仏戦争でもプロイセン=ドイツ軍に大敗して国土を逆侵攻されており、安全保障上の明確な脅威であるドイツをこの機会に弱体化させ、ヴェルサイユ条約と連合国の名のもとに平和主義の民主国家に作り変えようと画策する
 ・上記理由に加えて大戦の戦費をイギリスやアメリカから借り受けており、国土が荒廃し各種産業がほぼ停止しているのもあって是が非でもドイツに賠償金を支払ってもらう必要があった
 ・それらの理由から強権的な手段を用いてもドイツにヴェルサイユ条約を履行させることを望み、ドイツがヴェルサイユ条約に反してルール地方のゼネスト鎮圧のために国防軍を派遣したことを口実に、連合国会議の開催国であるイギリスの意見を無視し、同じく大戦被害国であるベルギーを伴ってドイツ工業の要でありドイツの歳入の大部分を背負っていたルール地方を占領するという暴挙に出る


 イギリス:
 ・フランスとともに連合国を会戦当初から支えた連合国であり、陰りが見え始めたものの未だ世界の海を支配する大帝国である
 ・ヨーロッパであることは間違いないが欧州で唯一他国と海で隔てられた島国であり、戦後の立場を同じくするフランスや、ドイツやロシアとも異なる外交意思決定プロセスをもつ。具体的には仏独露ら大国が覇権膨張を志す積極政策をとるのに対し、英国本国の関心は対岸(ヨーロッパ大陸)の政治的安定だけであり、戦争を回避しつつ世界中の植民地を経営し貿易で蓄財する消極政策をとる
 ・上記の政策方針からドイツに対しても非常に融和的・リベラルな戦後展望をイメージしており、ヴェルサイユ条約の履行や、あるいは賠償金支払いについてもワイマール共和国の安定存続のためなら目をつぶるべきであるとの姿勢を内閣と議会は共有する


 アメリカ:
 ・大戦終結の功労者にして連合国の資金源。
 ・ウィルソン大統領はドイツの戦後処理の展望の大部分をイギリスと共有していたが、連合国各国の戦費を工面した(ウォール街への)手前、最大のネックである賠償金問題について猶予をつけるなどという事は言えなかった
 ・ドイツのヴェルサイユ条約履行を監視し判断する連合国の意思決定の場である連合国会議から途中脱退してしまうため、その後の英仏対立の構図には参加しない


 ロシア帝国/ソ連:
 ・第一次世界大戦の後半、1917年に発生したロシア革命によりロシア帝国が崩壊し、長い内戦を経て誕生した世界初の共産主義国家
 ・ルール占領の二年前まで内戦が続いており、24年はチェーカーによる粛清の嵐が吹き荒れている頃合いだが、この時点でソビエトは連合国にとって連合国の一員であったロシア帝国を打倒した敵対勢力であり、内戦が終結した今となってはシベリア出兵の時のように攻撃を加える事こそしないが国交はなく、当然連合国会議にも席は用意されていなかった。



 欧州戦線に参加した主要な国の内情を軽くまとめるとこんな感じかと思います。崩壊寸前の国家=ドイツ人の文明の立ち枯れ・共産化を防ぐために連合軍の要求に抵抗せざるを得ないドイツ、自国の将来存亡と経済のために条約に従いドイツ弱体化させなければいけないフランス、ドイツ=中欧の安定を第一に考えることで過激な手段を用いたがるフランスに不信感を抱くイギリス。もうこれだけでどんな悲劇がこれから起こるか容易に想像できますね。そして起こったのがフランス・ベルギーのルール占領事件であり、あとに残ったのはおなじ連合国であるイギリスとフランスの深刻な対立です。かくして、プロイセン的軍国主義を封じ込め欧州に平和をもたらすはずだったヴェルサイユ条約は執行者の不在から機能不全に陥り、最悪の状態で放任されたドイツは世界を再び炎に包むことになるのです。対立に至る詳細な時系列については本稿を参照してください。

 上記の各国概説を読む、あるいは本稿を読んだ方は「あのフランスというのは、なんて偏狭で独善的なやつなんだ。きっと次の大戦で全国を占領されたのは報いに違いない」といった感想を抱くかもしれません。私はそう感じました。大戦の戦禍によって余裕を失い、またいついかなる時も真っ先にドイツ軍の被害を被る地理的要因が彼らをそのような過激な行動に駆り立てていることを加味しても、フランスに対する一種の嫌悪じみた感情はなお私の心情内に残りました。じっさい、政権掌握前後のヒトラーは国民を前に演説する時はさかんにフランスを敵視する言葉を述べていましたし、群衆もそんなヒトラーを支持したのですから敗戦後のフランスがとったドイツに対する苛烈な姿勢をドイツ人は決して忘れてはいかなったのでしょう。
 しかしながら、それは第二次世界大戦後の世界を知っているからこそ感じられるものかもしれません。今が1922年だとした時、当然この先20年しないうちにドイツがまた戦争をするとか、ドイツを戦争に駆り立てた経済危機の根底にヴェルサイユ条約による賠償義務があったなんてことは想像もできないはずです。事実、欧州のまとめ役だったイギリスも、フランスさえもドイツがポーランドに侵攻するまで戦争など思いの外だったのですから。
 では20年代初頭のヨーロッパの指導者たちはどんな将来展望を抱いていたのかといえば、それはもちろん平和です。そしてその平和を体現するための装置こそが、軍国覇権主義ドイツを平和主義の民主国家に転身させるヴェルサイユ条約だったのです。本稿もこの「ヴェルサイユ条約のみが現状とりうる唯一にして最良の和平手段」という視点に立ち、その遂行への積極度という尺度で英仏を見ています。ヴェルサイユ条約の有効性が実際どうだったかは別にして、平和手段であった条約をドイツに遂行させる努力をしたかについて考えれば、フランスへの考え方もまた変わってくるでしょう。イギリスも同じく、視点が代わることで評価が変わってきます。第二次世界大戦後のアメリカを中心とした敗戦国処理を知り、あるいは体験し正義として拝んできた我々日本人にとってイギリスがイメージしていたドイツ帝国の戦後処理は、二次大戦の講和条約に近い性質をもつことから「正解」に近いものと感じられるかもしれません。実際アメリカが連合軍会議を脱退せず、フランスもすべての項目でイギリスに賛成していればあるいは第二次世界大戦は起きないか、ずっと先延ばしになっていたかもしれないです。しかしそれは未来からの視点であり、あくまで現時点で連合国が実行できる平和努力はヴェルサイユ条約だけで、イギリスがその遂行努力を自己都合で怠ったことは事実なのです。イギリスもフランスも、未来のヨーロッパというビジョンをそれぞれ持つと同時に自国の都合をそれぞれ抱えており、方向性の違いが遠心力を生み、どちらかの意見が通るのではなくあろうことが平行線を辿り、その果に満身創痍のドイツを野放しにしてしまったことこそが、この事件の顛末であり、その背景にはイギリスの楽観的かつ”非大陸的”視点が作用していたと本稿は語っています。

 といったところが本稿の要約ですが、私のような文盲が書き起こすと事実の羅列になってしまってあまり面白さが伝わらないですね。実際のところ、歴史的に重要な転換点について研究しているということ以上に、大戦をともに戦った連合国の双雄が平和になった途端にその意図を違えて両国関係に深い溝を築いてしまったという「皮肉な」事態を順に語っていることが本稿の面白さだと私は感じました。本稿に限った話ではありませんが、戦間期史は両大戦に挟まれたごく短い期間であることから「あらゆる事象の原因が第一次世界大戦にあり、結果が第二次世界大戦に繋がる」と言っていいほど戦争と関わりの深い平和の時代です。本稿も例外なく、文中で出てくる出来事・人物などはいずれもこの後に控える人類史上最大の戦禍に繋がるものであり、ただの会議や談話であっても異様な緊張感を放っており、それこそこのジャンルの魅力であり面白さだと私は信じて疑いません(悪い歴史マニアの視点)。



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Author:複素数
名前:複素数
新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
pixiv: http://www.pixiv.net/member.php?id=797664

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