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メディアの壁 漫画と小説

 久しぶりの更新になりました。色々投稿したいテキストはあったのですが、書いてるうちに文書量が膨大になりすぎて途中でやめたりしていました。

 ときに、ここ数週間で書き溜めてた小説を新都社に投稿しました(勇者の居ない8月)。同サイトに小説を投稿するのは三度目ですが、過去二回は途中でぶん投げています。確か魔法の国で戦争を起こす話と、架空史世界でウナギの怪物を追って東南アジアまで行く話でした。これら2作と、数年来極めて低調な活動に甘んじている漫画について個人的に今回共通点を見出すに至ったので、最近漫画をぱったり描いてない理由とその辺の話を絡めて記録的に書いておきたいと思います。(それにしても小説ってコメントつかないっすよね。初めてじゃないけど)

 その前にまず今作の立ち位置みたいなものを書いておきましょう。書かないと忘れそうだから。本作はもともと漫画用に作ったプロットで、某ラノベ原作アニメを観てドハマリした後に「これパクろう(爆)!」と思ってネタ帳に書き上げたものでした。結果として似ても似つかない話になったのでそのへんはまぁどうでもいいんですが、小説で描き始めたからといって漫画で作品にする事を諦めた訳ではないので、まぁいつかね機会があれば世に出したいよねみたいなことは今も思ってます。ただ、私の原稿生産力は1の描ける時に対して9のダメな時があるようなレベルで、実際2011年に始めた中編漫画がまだ終わってないという始末なので、いつかどこかでみたいな事言ってたら死ぬまで無理でしょってことは自分で理解しています。
 ところで小説一般について私は以前、このブログでもどっかで書いてたかもしれませんが「長文が読めない」「まして書こうとすると頭が痛くなる」という見解でした。読む方は変わってないですが(投稿しといてこの言い草)、書くほうについては現にそこそこのペースで書いて投稿してるくらいで、現状改善しています。これには明確な事情が存在します。
 私は元々、中学高校の頃は結構読書量が多いほうで、小説なんか齧るように読んでいまして、書く方にもモチベーションがありました。ただまぁ漫画のほうが好きだったのでそっちに行った訳ですが、小説についても理論的な面で一家言ある小生意気なガキだったわけです。漫画についても力の入り方は異なりますが、現状同じです。こだわりがあります。そして、そのこだわりが曲者だったのです。
 高目低手という言葉があります。その人の自己認識や目標に実力が果てしなく追いついていない滑稽な状態を指すことばで、物を作るモチベーションはあるのに手が動かない素人に対してよく引用されます。つまり、私もこれに該当する訳です。

・詩的な雰囲気を排除する
 技術的な側面に注視してみましょう。小説を書く時、私は好んで一人称型の語りを用いますが(それしかできないとも)、その中で本文描写は2つのチャンネルの出来事を並行して交互に書く形態になります。具体的には主人公に対して現実で起こった出来事と、主人公が感じたことです。それぞれ200文字くらいずつ交互に重ねていく文体です(こういう書き方に名前があったが思い出せない)が、このうちの後者に情景描写が含まれます。漫画で言うバストアップ漫画(登場人物の顔アップが交互に描かれているだけの漫画を蔑んでこう呼ぶ)のように、小説にも避けるべき進行があると私は無意識で考えていました。あるいはどこかの技術解説で読んで知っていたのかもしれません。一つは会話劇をセリフの羅列だけで進めてしまう形式です。これはSSなどとして定型化されていますが、普通の小説でやると見栄えが悪いです。2つ目が、1つ目ほど見栄えが悪くないにせよ避けるべきとされる、情景描写が圧倒的に不足している文章です。つまり、誰が何して何を言った、それに対して誰がどうしたのはこう思う、みたいな話だけで物語が進行してしまって、それがどこで行われているのか、場所によって登場人物たちは何の影響を受けているのかがすっぽり無い文章です。これは密室劇などでは当然こうなりますが、そうでない場合はダメと、私は習った記憶があります。そしてこの刷り込みが上記の「頭が痛くなる」原因だったのです。情景描写をする上で、頭の中に思い浮かべる必要がある部分はどこでしょう?私はその場にあるもの全部だと思っています。情景の色、光加減、空気、臭い、湿度や足場の触感、あるいは誰かの視線などなど。それら全部を適時に文中に挿入するためには、常にカラーの映像として作中を想像していなくてはいけません。これが漫画なら、だいたい「目で映るもの」だけ考えておけばいいのですが、小説の場合は五感すべてが感じる事について書く余地があるため、必要に応じてそれらを想像することになります。さらにそれらを物語の進行に都度都度絡めていくなど、プロならぬ素人の私には困難でした。でも、それをやめればくだんの素人くさい滑稽な文章になってしまう。そうなるくらいなら描かないほうが良い……。それこそ頭痛の原因だったのでした。
 ところが、本プロットの場合はあくまで漫画に対する予行演習のような性質であり、また小説と漫画の描画範囲の違いを考慮して物語のあらすじ以下の部分で自由に変更を加えることも可とし、その上評価を求めないという大前提を作ってあったため、ハードルは極限まで低くなっていました。さらにプロットがラノベっぽい(これは私の中にある偏見に基づく評価であり、その問題性については批判をうける用意がある)ことも、技術的ハードルを下げました。結果、情景描写を最低限に絞って物語の進行だけを点々と伝える紙芝居様の小説で可であると、事前に定まりました。
 一度そう決めてしまうと人とは不思議なもので、筆の乗ること乗ること。序盤は時間がかかったものの、今は二晩あれば1話書けるくらいには筆がノリました。ここに来て私は「高目低手」、あるいは「完璧の病」の恐ろしさを真に理解したのです。

・「よい結果を求めない」「作品に対し適当に接する」
 では漫画はどうか、漫画で同じことが実行可能か?と問われると、現状ではNoでしょう。小説ですら、あれだけお膳立てが必要だったのです。私はもう8年素人漫画描きをやっていて、個々の点では一定の自己評価を達成しています。それをいきなり鶴の一声で気持ちを切り替えるというのは難しいでしょう。検証する方法は一つです。私が何の外的兆しもなしにいきなり小説を描き始めたように、原稿に対して自発的に取り組めるような気持ちになるまで待つのです。そのまま漫画卒業になる可能性もありますが、執筆に対して楽しさを感じていない訳ではないので、上記テーマを常に意識していけば近いうち、スイスイスラスラ雑な原稿を量産できると信じています。新都社のローカルスラングでいうところの”クソ漫画”くらいのもので良いんだと、口先だけでなく心から言えるようになったら、その時は更新報告で会いましょう。


 本当は小説と漫画の描画範囲の違いによってどんな内容の改変が予測されるか、すでにやったかみたいな部分に触れたかったのですが、夜更かししたくないのでこれで終わりにします。


 追記:明日バイトの面接です
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プロフィール

複素数

Author:複素数
名前:複素数
新都社で『伯方さんと僕』という漫画を連載しています。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=12094
pixiv: http://www.pixiv.net/member.php?id=797664

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